クリント・イーストウッド監督の最新映画『アメリカン・スナイパー』の試写会にお招き頂いたので、感想などを少し。(実在の人物を描いている作品なので、ネタバレも何もないかもしれませんが、以下映像表現などに関するネタバレを含みます。)
今年のアカデミー賞6部門にノミネートされ、受賞が確実視されているだけに、ストーリーをご存知の方も多いでしょうが、簡単にあらすじを引用しておきましょう。
描かれるのは伝説のスナイパー、クリス・カイルの半生だ。テキサス州に生まれ育ち、少年の頃の夢はカウボーイか軍人。2003年にイラク戦争が始まってから4回に渡り遠征。その常人離れした狙撃の精度は1.9km向こうの標的を確実に射抜くほどだったという。味方からは「伝説の狙撃手」と英雄視される一方、イラクの反政府勢力からは「ラマディの悪魔」と怖れられ、その首には18万ドルの懸賞金がかけられた。
しかしカイルの素顔は、命がけの壮絶な局面でも仲間を一心に守りたい、そして遠い戦地にいながらも大切な家族に良き夫、良き父でありたいと願うひとりの男。戦争の狂気に取り憑かれつつ、故国で待つ家族をこよなく愛する主人公の光と影を生々しく掘り下げる。
ということで、戦争映画です。しかもつい最近の出来事、現在進行形に近い戦争を描いているということで、重苦しい空気を感じる映画でした。ISILによる人質殺害という悲劇に巻き込まれた日本にとっても、ある意味で他人事ではない意味を持つ作品でしょう。
ただ、これは観た人によると思いますが、個人的には「この戦争自体が善か悪か」というテーマ性はあまり感じませんでした。「イラク戦争には大義があった/なかった」という大上段のメッセージを打ち出すよりも、クリス・カイル個人の目から見た体験を描くことが主眼だったように思います。それが結果的に、イスラム側を否定的に描きすぎている、米国を賛美しているだけだ、という反応が一部で出ていることにつながっているのだと思いますが、(そういう反応が出てしまうのは仕方ないとはいえ)それはこの映画が意図しているものとは若干ずれているように感じます。
しかし戦争を肯定しているというわけでは決してありません。クリス・カイルという人物の人生を通じて、戦争の理不尽さを描いています。それが最も恐ろしい形で現れているのが、あらすじにもあるように、4回にもわたってイラクに赴いているという点でしょう。映画ではこの日常と戦場の切り替えを、ドラマチックな映像や音楽などで盛り上げることなく、淡々と時間を進めていきます。彼にとっては日常も戦場の延長線上にしかなく、戦場が日常の延長線上にあることを示すかのように。初めてイラクに派兵されて以降の映像は、どこからが戦場でどこからが日常か、はっきり線引きしません(「これがn回目の派兵」というテロップを入れてはくれるのですが)。
なぜそんな人生を歩むことになったのか。個人的には、カイルが戦場に「居場所」を見つけてしまったということに尽きると思います。あらすじにもあるように、カイルは伝説のスナイパーという称賛を得るほど、類い希な狙撃の腕前を持っていました。カウボーイで食べていくことに迷いを感じていた(ように描かれる)カイルは、戦場で自分にしかできないこと、自分が他人よりも成果を出せることを見つけます。確かにイラクでは死と隣り合わせで、安心していられる場所ではありません。しかし同じ経験を共にし、冗談を言い合える仲間がいる。何より自分が没頭できる仕事がある――それに対して、米国に戻ってきてからのカイルは、ぞっとするほど空虚な表情を見せます。
兵士という役割と、普通の仕事を比べてはいけないかもしれませんが、こうした感情は誰の心にも潜んでいるのではないでしょうか。この仕事は苦しい、あるいは論理的に許されないと頭では分かっていても、そこで自分が求められていると感じてしまうと、なかなか離れることができない。そんな経験をしたことがある方は少なくないはずです。クリス・カイルの場合は、そんな居場所が悲惨な戦場だった。それが何よりの悲劇として感じられました。
いやそれでイラク側の市民はどうなるのよ、そこから逃れられない人々こそ一番の悲劇じゃない?という意見、まったくその通りです。もっとカイルらのやっていることを愚かなもの、あるいは倫理的に許されないものとして描けば、そのギャップからカイルの人生がより無意味なものだったと印象づけることになるでしょう。しかしそこまでは心情的にできなかったというか、この作品がつい作品のイラク戦争を描いたアメリカ映画である以上、無理な話だったと思います。それがこの映画の限界というか、当事者が物語を綴る難しさだったのではないでしょうか。あと数十年先に、あるいはまったく関係の無い第3者が作っていたとすれば、また別の描き方があったのではないかと思います。
ともあれ、いまこの時期に観ておく意味のある作品であることは間違いありません。気軽に楽しめるデートムービー、の真逆にある映画ですが、ぜひ大勢の方々に観てほしいと思います。
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