『凡才の集団は孤高の天才に勝る―「グループ・ジーニアス」が生み出すものすごいアイデア』を読了。邦題はイマイチですが、なかなか面白い本でした。
邦題や装丁だけ見ると、発想術に関するお手軽ビジネス本のような印象を受けてしまいますが。原書のタイトルは"Group Genius -- The Creative Power of Collaboration"(グループ・ジーニアス -- コラボレーションがもたらすクリエイティブな力)といって、イノベーション論や組織論を扱った本を連想する方が近いです。また「グループ」という単語があることからも分かるように、人々の交流・協力がいかに独創的な結果を生み出すのかを、様々な研究結果を基に解明するというのが内容。著者のキース・ソーヤー教授は、『フロー体験 喜びの現象学 (SEKAISHISO SEMINAR)』で有名な心理学者、ミハイ・チクセントミハイ教授に学んだ方で、創造性およびイノベーションの科学分析を専門とされているとのこと。「2~3ヶ月ぐらいで流行りのネタをまとめました」という本ではないのでご安心を。
本書の考察は、個人レベル(ジャズ・即興劇の分析や心理学による解説)から組織レベル(イノベーションを次々に生み出す組織の分析)・社会レベルへと、徐々にズームアウトするような構成になっています。ポイントをまとめると、こんな感じでしょうか:
- イノベーションは決して『天才の閃き』のような独立した形で生まれるのではない。飛行機のように「誰が」発明したかがはっきりしている場合でも、過去や周囲の環境が何らかの形で貢献している。
- 異質なものとの交流が新しい発想を生み、その蓄積がイノベーションになる
- 従って、コラボレーションが継続して発生するようなネットワーク「コラボレーション・ウェブ」を用意して、そこに組織内・業界内の人々だけでなく顧客も巻き込んでいくことが必要だ
前半は、例えば『発想する会社! 』のように、小さなグループ内でのクリエイティビティを刺激するにはどうすれば良いか?という本を読んでいるような印象。そして後半は『民主化するイノベーションの時代』『ウィキノミクス』あたりのように、最近の「顧客のアイデアを商品・サービス開発に活かそう!」という流れを紹介した本を読んでいるような印象でした。この辺の本を読んで面白かった方なら、本書も楽しめることでしょう。
しかしだからといって、本書がただの「過去の書籍の焼き直し」というわけではありません。最も重要な主張は、とかく「伝説的な人物の閃きによって革新的なアイデアが生まれた」という物語が求められがちなイノベーションという現象を、個人レベルではなく組織・社会レベルで考えるべきという点でしょう。実際、ネット時代になって以前にも増して外部の刺激・アイデアを活用しやすくなったことはご存知の通り。イノベーションを生み出していくための活動は、一企業や研究所に押し付けられるものではなく、業界・社会構造をどう変革するかという話になってきています(例えば本書も主張していますが、著作権や特許といったものをあえて弱くすることで知識活用を促進する、という選択肢が考えられるでしょう)。逆に社会全体を視野に入れてイノベーションを考えることが、いかに強力な議論となりうるかを気づかせてくれる一冊だと思います。
このところ日本でも、コラボレーションの重要性が盛んに喧伝されています。しかしその一方で、企業におけるセキュリティをいかに維持するかという議論も盛んに行われていることはご存知の通り。もちろん機密情報や個人情報の漏洩というリスクは企業にとって軽視できない問題ですが、それを過度に重視するあまり、コラボレーションが組織の壁すら乗り越えられないケースが多々発生しています。「君子危うきに近寄らず」という発想を転換し、競合他社や顧客まで含めたコラボレーション・ウェブが形成できるようでないと、今度は他国の企業に後れを取るリスクを抱えてしまうのかもしれません。
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