「だめよタカシ、そんなに大きな絵を描いたら」
画用紙にクレヨンで絵を描こうとしていたタカシを見つけ、母親が鋭い声で釘を刺す。タカシは小さくため息をつくと、クレヨンを机に置いた。
大きいといっても、ほんの10センチ四方の絵だ。しかし母親は、少しでもセーブしてもらいたいらしい。というのも、クレヨンには超小型のセンサーが組み込まれていて、使用量が計算され「使った分だけ」自動請求されるからだ。しかも少額決済テクノロジーが進化したおかげで、支払いもその場で、リアルタイムで行われる。いま書いた分で、12円といったところだろうか。
2015年ごろだろうか、IoTテクノロジーが一気に高度化を始め、数年のうちにあらゆるものに通信機能が組み込まれるようになった。IoT(Internet of Things)ならぬIoE(Internet of Everything)だなどと喧伝する企業もあったが、まさにその通りになったわけだ。
その結果、あらゆるモノがペイ・パー・ユースで手に入るようになった。手に入れるのは無料で、使った分だけ決済が行われる。おかげでタカシのように、裕福ではない家庭でも、48色のクレヨンセットが置かれているのが当たり前になった。代わりにごく小さい絵しか描けなくなってしまったが。
しかもタカシの使っている画用紙には、うっすらと広告が印刷されている。画用紙も無料で手に入る代わりに、その表面には配布される家庭に合わせ、広告が印刷されるのである。なのでタカシは、素晴らしい絵の才能を持ちながら、絵画コンテストに出品することは決してなかった。安物衣料の広告が印刷された画用紙など、見られたくなかったからだ。
大きな絵を真っ白い画用紙にいっぱい描けるのは、スマートクレヨンもスマート画用紙も必要のない、1%の金持ちの子供だけ。それが当たり前の時代だった。
ある日のこと。いつものように家に帰ろうとしたタカシを、学校の美術教師が呼び止めた。
「タカシ君、ちょっといいかな?放課後、先生のアトリエで絵を描かないか?」
美術教師はタカシの才能を認め、それを伸ばしたいと考えていたのである。しかも彼には、多くの味方がいた。教師と共に彼のアトリエに着いたタカシを、十数人の男女が出迎える。彼らは思い思いに、大きな絵を描いていた。みな彼が引き入れた、生徒や知人たちだ。
「先生、いいんですか?こんなに自由に絵を描いて」
「大丈夫だよ、よくクレヨンをご覧」
手渡された1本のクレヨンをよく眺めたタカシは、あることに気づいた。クレヨンの末端に、通信用のモジュールが付いていない。じっと目をこらすと、ナイフで切り取ったような跡がある。
「そう、機械の部分を外したのさ。これで『監視料』を請求されることもない。自由に、好きなだけ描いていいんだよ。芸術とは、何かに制約されるべきものではない。あらゆる鎖を解き放ち、何ものにも縛られない心で描いてこそ……」
そう語る教師の声を、突然の轟音が遮った。見ると、アトリエの片側の壁が崩されている。そこから硝煙をかきわけ、無数の警官がわらわらと突入してきた。
「君か、美術教師をしている男というのは。IoT妨害罪で現行犯逮捕する」
一人の警官がそう言うと、教師の手に手錠をかけた。
「いったいどうして……なぜこの場所で隠れて絵を描いているのが分かったんだ?」
思わずそうつぶやいた教師に、警官はこう答えた。
「センサーが使用量だけ把握していると思っていたのかね?スマートクレヨンは、同時にGPSで使用位置も把握する。わが国のどこでどれだけの絵が描かれているか、IoTのおかげで全て把握されているのだ。この建物だけ、アトリエであるにも関わらず、異常なほどスマートクレヨンが使用されていない。その分析結果だけで、踏み込むには十分だ」
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ということで、今夜ある方とディスカッションをしていた時に、こんな未来になったらイヤだよねという話をしていました。もちろん冗談ですが、カーシェアリングとかクルマを所有しない生活とかは普通になっているわけで、今後の格差社会+技術進化を考えると「何も気にせずに週末のドライブを楽しめるのは富裕層だけ」ぐらいの世界ならありえるかなーと感じています。ちなみにクレヨンじゃなくて絵の具を使えばいいじゃんと思った方、当然「スマート絵の具+絵筆」もあるに決まってるじゃないですか。ちなみにこちらは加速度計も内蔵されているので、何を描いているのかまで把握が可能です。
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