お馴染み『クラウド化する世界』の Nick Carr と、こちらもお馴染み TechCrunch の間で、Google News を巡ってちょっとした議論が起きています。元となった Carr の記事がこれで:
■ Google in the middle (Rough Type)
それに対する TechCrunch の反論がこれ:
■ Googleは本当にニュースを支配しているのか (TechCrunch Japan)
簡単にポイントをまとめてみると、まず Carr が:
- Google は中間業者である。中間業者は自らの利益のために行動する。
- 市場で取引されるものが増え、それを提供できる供給者の数が増えると、中間業者の力は増え、供給者の力は減る。中間業者がマーケットを支配するとき、供給者は彼らに協力するしか選択の余地はない。
- ネットが中間業者を駆逐するという予測は誤りだった。逆にネットは中間業者をより強大なものにしている。
- Google は新聞社と読者を結ぶ最強の中間業者だ。参加も撤退も新聞社の自由だが、実際には読者にアクセスするために、参加せざるを得ない。それはちょうど、小売業におけるウォルマートとメーカーの関係のようだ(ウォルマートは全米最大の小売業者で、メーカーに無茶な要求をすることで有名)。
- Google が自らの利益を追求するのは当然のことで、それを非難するつもりはない。問題は Google の利益と、新聞社の利益が異なっているところだ。
- Google は「新聞社へのトラフィックが増えて、それによって広告収入も増えるはずだ」と主張しているが、その利益は無数に分割されて配分される(例えばあるニュースでは、Google News 上で「関連記事」として11,264件もの記事へのリンクが用意された)。仮にある特定サイトにアクセスが集中するようなことがあれば、それは中間業者から供給者へパワーが移ってしまうことを意味し、Google にとって避けなければならない状態である。
- 新聞社(のオンライン事業)が直面している問題の本質は、供給過多だ。統合などにより供給を制限し、中間業者である Google から主導権を取り戻せば、コンテンツに課金するなどの行動が可能になるだろう。
と主張。これに対する TechCrunch の意見は読んでもらった方が早いかもしれませんが、一応まとめておくと:
- Google News はトラフィックを運ぶという点で、それほど強力な「中間業者」ではない。検索エンジンとしての Google であれば、TechCrunch にとっては極めて重要な中間業者だが。
- 情報経済の動きは小売業の経済とは異なる。Google が得る利益の分が、供給者であるニュースサイトの利益から減るわけではない(ウォルマートがメーカーに対して行っているように、Google がニュースサイトから情報を安く卸させるということもない)。逆に検索エンジンから大量のトラフィックが生まれ、それによってニュースサイト自体も利益を得ることになる。
- ニュースはモノとは違い、全部が同じではないため、手に入りやすくなるからといって価値が下がるわけではない。アクセスされるか否かは Google が決めているのではなく、コンテンツの面白さがカギとなる。ニュースサイトが面白いことを書けば、それだけ訪問者も増え、Google に頼らずに再訪する読者も増える。
という感じでしょうか。僕個人の理解としては、
【 Carr 】
Google はニュース市場の供給過多を利用して、強力な中間業者として存在している。新聞社は供給を制限することで、コンテンツ流通の主導権を取り戻す必要がある。【 TechCrunch 】
Google は面白いサイトにちゃんとトラフィックをもたらしてくれる存在。しかも彼らが利益を得るからといって、ニュースサイトが手にする利益が減るわけではない。それより面白いことを書く努力をすべき。
というのが軸となるポイントなのかなと捉えています。Google がニュース市場をコントロールしていると主張する Carr と、あくまでもコンテンツ自体の魅力がアクセスを左右するルールだと主張する TechCrunch、といったところでしょうか。
個人的には、Carr が言うように「ニュースは供給過多の状況のため、このサイトに行かなければ読めない情報があるという場合は少なく、Google がどう表示するかによって訪問するサイトが決まる(従って中間業者としての Google が支配権を握っている)」という構図の方に説得力を感じます。確かに「全体として」Google もしくは Google News を通じてニュースサイトにもたらされるアクセスというのは膨大なものになるのでしょうが、それは無数のサイトに分割され、どこにどれだけのアクセスが向かうかは Google の裁量次第。「面白い記事を書けばいいじゃん」という TechCrunch の主張も分かるのですが、それができるのは New York Times など良質なコンテンツを継続して生み出せる能力・体力のあるところだけでしょう。ちょっとした違いや「釣り」的なタイトルをつける程度では、継続的な差別化はできないですしね。
ネットが登場する以前から、情報というものはコモディティだったのかもしれません。しかしそれを読者の元まで届ける能力は新聞社のようなマスメディアしか有しておらず、その意味でマスメディア自体が中間業者のような存在となって、情報がコモディティであることを隠してきたのでしょう。しかしネットと Google の登場により、誰もが簡単に情報を読者に届けることが可能になり、大新聞と地方紙、そしてブロガー等の個人も合わせて大量の代替品が「棚」に並ぶようになったわけですね。今までは町に「日立のお店」しかなかったのでエアコン=日立だったけど、ヨドバシができたので行ってみたら他社の製品が無数に置かれていて、「ああ、別にどのメーカーのを買っても大差無いんだ」と気づいてしまった。しかも品揃えが良いので客は「日立のお店」よりもヨドバシに足を運ぶようになり、流通の主導権をヨドバシが握るようになった――という感じでしょうか。
ここで「ヨドバシができたことによって客が増え、結果として日立のエアコンだって売上が伸びただろ。良い製品つくることだけ考えてろよ」というのが TechCrunch の捉え方で、「いやいや、客はまずヨドバシ行くようになったから他社製品で満足してしまうリスクが増えたし。こうなりゃ他社からエアコン事業を買収して寡占状態を目指すぞ!」というのが Carr の考え方ではないでしょうか。ただニュースの世界では、Google は単にニュース取得先を増やすことで供給者が細分化されている状態=中間業者の力が増す環境を再現することができてしまうわけで、Carr の言う解決策に実効性があるかは疑問ですが。
ところで、Carr のアナロジーから考えれば、中間業者である Google を出し抜く方法がもう1つ見つかります。それは新聞社自身が再び中間業者になってしまうこと。実際、主要なニュースサイトはポータル化(自社コンテンツだけでなく他社・ブロガーの記事へのリンクを掲載する)を進めており、最初に自社サイトにアクセスしてもらおうと努力しています。そうなれば同じ中間業者としてGoogle に対抗することが可能になり(TechCrunch によれば、現在でも Google News はそれほど中間業者としての役割を果たしていないようですが)、他社サイトを訪問するだけで満足されてしまうリスクが減るわけですね。
ちょうど Harvard Business Review の最新号(April 2009)に"What's Your Google Strategy?"と題された論文が掲載されていて、この「中間業者問題」が扱われています(もしかしたら Carr はこの論文に触発されて冒頭のエントリを書いたのかもしれません)。そこでは「Google/新聞新聞社問題」がどの業界にとっても起こり得ることが解説されているのですが、まさしくこの問題は他人事ではないでしょう。Carr もアナロジーとして使っていた小売業界は当然のこととして、特に Google のようにネット上で活躍する中間業者は、これからあらゆる業界に影響を及ぼすはずです。その意味で、Google が新聞社からどう力を奪っているのか、逆に新聞社がどう力を取り戻そうとしているのかという構図を考えてみることは、多くの人々にとって有益ではないかと思います。
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