今年はご献本いただきながら、時間の関係で目を通すことができなかった本が多かったのですが、今回ご紹介する『スイッチ!』もその1つ。既にご存じの方も多いと思いますが、簡単にご紹介させて下さい。
本書の著者であるチップ&ダンのハース兄弟は、以前"Made to Stick"(邦訳『アイデアのちから』)という本を書いています。実はこの"Made to Stick"が個人的に大好きな本で、今回も絶対に面白いだろうと期待していたのですが、期待以上に得るものの多い一冊でした。まさしく帯に書かれていた売り文句「ダンとチップがまたやってくれた!」の通りといったところ。
本書のテーマは「どうすれば変化を起こすことができるのか」。もっとダイエットして痩せたい、売り上げ低下に歯止めをかけたい、近所の町並みを美しくしたい等々、どんな変化かは問いません。とにかく現状を変えようとした場合に、どのようなアプローチを取れば効果的なのかという点について、「象使い」と「象」という2つの喩えを使って解説してくれます。
したがって、こう結論づけることができる。脳は、全体でひとつではない。
実際、心理学の一般的な見解によると、脳ではつねにふたつのシステムが独立して働いている。ひとつ目は、これまでに説明してきた「感情」だ。苦痛や快楽を感じる人間の本能的な部分だ。ふたつ目は、「理性」だ。これは熟慮システムや意識システムとも呼ばれている。じっくりと考え、分析を行い、未来に目を向ける部分だ。
(中略)
しかし、ふたつのシステムの葛藤をもっともうまく表現しているのは、バージニア大学の心理学者ジョナサン・ハイトが名著『幸福の仮説(The Happiness Hypothesis)』で使っている比喩だろう。ハイトは、私たちの感情は「象」であり、理性は「象使い」だと述べている。象にまたがって手綱をつかむ象使いは、一見するとリーダーに見える。しかし、象使いの制御は不安定だ。象使いは象と比べればはるかに小さいからだ。体重6トンの象と象使いが進む方向でもめれば、負けるのは象使いだ。象使いにはまったく勝ち目がないのだ。
この「象使い(理性)」と「象(感情)」の対立という点は、改めて解説されなくても納得できるものでしょう。頭で分かっていても、ついつい目の前のケーキに手を出してしまう。あるいは逆に、痩せたい!という思いは強いにもかかわらず、考えすぎてしまって結局何をすれば良いのか分からない。そんな状況を変化させ、ダイエットを成功させるためには、象使いと象の両方を視野に入れてアプローチを考えなければならない……というのが本書の基本的なスタンスとなります。
ではどのようなアプローチを行えば良いのか、詳しくは本書をお読み下さいということになるのですが、第1章でこんなまとめが行われています:
ここまでは、本書で紹介する基本的なフレームワークについて少し解説してきた。次の3つの要素からなるこのフレームワークは、行動を変える際のガイドラインになるはずだ。
・象使いに方向を教える。抵抗しているように見えても、実は戸惑っている場合が多い。したがって、とびきり明確な指示を与えよう(低脂肪乳がその好例)。
・象にやる気を与える。怠けているように見えても、実は疲れきっている場合が多い。象使いが力ずくで象を思いどおりの方向に進められるのは短いあいだだけだ。したがって、相手の感情に訴えることが重要。象に道を歩かせ、協力してもらおう(クッキーとダイコンの研究や、重役会議のテーブルに積まれた手袋がその好例)。
・道筋を定める。人間の問題に見えても、実は環境の問題であることが多い。本書では、この状況や環境のことを「道筋」と呼ぶ。道筋を定めることで、象使いや象の状態にかかわらず、変化を起こしやすくなる(映画館のポップコーン容器の影響がその好例)。
引用の中でカッコ内で紹介されている例については、本書で詳しい説明がなされていますので、ぜひチェックしてみて下さい。いずれも興味深い事例で、人間の行動がほんの些細なことで左右されるということが実感できることでしょう(例えば最後の「映画館のポップコーン容器の影響」とは、大きな容器を与えられた被験者ほど、ポップコーンを食べる量が多かったというもの)。
私たちはときに、「変化を起こせないのは自分の気合いが足りないからだ」的な思考をしてしまいがちです。しかしハース兄弟は「変わらない」あるいは「変われた」という状況を因数分解し、個々の要素を検証することで、多くの場合には変化を妨げる要因が「気合い」などというレベルのものではないことを教えてくれます。どんな変化であっても、どこかに突破口となるポイントが必ず存在している――そんな態度に私たちの心を変化させてくれるのが、本書『スイッチ!』の何よりの贈り物だと思います。
特に会社で無理難題をふっかけられ、とても実現不可能に感じられる「変化」への取り組みを前に立ちすくんでいるという方には、第2章「ブライト・スポットを見つける」だけでも是非読んでいただきたいと思います。自分にも同じようなきっかけが掴めるかもしれない、という希望が湧いてきますよ。
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