スルガ銀行が東京ミッドタウン内に開設している「d-labo コミュニケーションスペース」。ここで定期的に、様々な講師を招いてセミナーが開催されています。といっても金融や経済系の話だけが展開されるのではなく、今後の予定をご覧いただければ分かるように、歴史・科学・社会学など扱われるテーマは多岐に渡ります。市が開催する市民講座、あるいは大学の公開授業といったところでしょうか。
で、昨夜のセミナーがこちら。東京大学大学院・情報学環の教授である佐倉統先生を招いて、「人間はどのような生き物か?」というテーマで講義が行われました:
■ 人間はどのような生き物か?-進化論から考える-
このブログをずーっと昔から読んでいるという酔狂な方であれば、佐倉統先生の名前に見覚えがあるかもしれません。以前オープンコースウェア(OCW)の話題を考えていた際に、佐倉先生の授業「進化生態情報学」が東京大学のOCWページで公開されているのを見て、実際に自分でも体験してその感想をブログにまとめていたのでした。この授業が非常に面白く(皆さんもぜひ!)、いつか実際にお話を聞いてみたいと考えていたので、いそいそと出かけていったという次第です。
今回の講義ではまず、ダーウィンの業績を紹介することを通じて「進化論とは何か」という解説が行われました。詳しく内容を解説することは避けますが、重要だと感じたのは「自己複製する系統があれば自然選択は生まれてくる」という点。つまり進化とは遺伝子の世界だけのシステムではなく、その他の世界にも発生したり、流用したりできるものであると(この辺りはミームや進化的アルゴリズムなどに興味のある方であればお馴染みの話でしょう)。実際に講義の中では、ミッキーマウスの「進化」の例などが紹介されていました:
ミッキーマウスは長い時間をかけて、頭と目が大きくて手足の短い幼児体型に変わってきていますが、これは「幼児を可愛いと感じる人間の心理」が「幼児体型に描く方が好まれる」という選択となって現れた結果なわけですね。実際に息の長いキャラクターは、同じようなメカニズムが発生して、幼児体型に「進化」するケースが多いそうです。
そして講義の後半では、人間が遺伝子以外に持つもう一つの「進化」メカニズムである「文化」が取り上げられ、そこから人間のあり方を考えるという解説が行われました。ミームなどの概念があるように、文化もまさに遺伝のように情報を伝えてゆく仕組みなわけですが、人間の文化は遺伝子からの独立性が大きく、「遺伝と文化の二重伝承」が起きているという議論もあるそうです(二重継承理論、二重相続理論)。ところが独立性を高めた文化は遺伝子よりも速いスピードで進化してゆくため、肉体の変化が追い付かなくなるというケースが生まれており、それが現代社会のあちこちで問題となって現れているのではないか――といった内容が語られました。
1つの例として面白かったのが「文字」です。言葉、つまり喋ることに関して言えば、人間は長年の進化を経ることで、脳にそれ専用の部位が存在しているのだとか。そのため話すことに苦労するという人は非常に少なく、覚える言語がなんであれ、学校などに通わなくても社会生活を送るだけで喋れるようになるわけですね。ところが文字は比較的最近に登場・定着したものであるために、肉体側の進化が追い付いておらず、脳の様々な部位全体を使って考えないと文字は使えないそうです。従って脳に一部でも損傷があると、文字を使うのに支障が出てしまうため、ディスクレシア(難読症)のような問題が出てしまうのだとのこと。
先を行く文化に追いつくために、身体の方が進化してゆくという一種の「共進化」の可能性はもちろんあります(文字の例で言えば、何万年という時を経ることで、人間の脳の中に文字を司る部位が登場してくるのでしょう)。しかしそれまでに多くの人々が辛い目にあったり、あるいは社会全体が危機に晒されることになります。講義では纏足やコルセットなどの例も語られていましたが、時に「宿り主」である人間の肉体を傷つけることすらあるウィルスのような存在、それが文化なのかもしれません(進化と蔓延のスピードが速いという点もウィルスそっくりです)。
ともあれ人間は「遺伝子」と「文化」という2つの側面で進化する存在である以上、うまく折り合いをつけて生きてゆくしかありません。そこで重要なのが、「教育」の存在であると佐倉先生は仰っていました。人間には何かを学びたいという姿勢が本能的に備わっているため、そこで何を与えてゆくのかが非常に重要であり、それによって結果が良くも悪くもなり得るということを理解しておかなければならない、と。簡単な話ではありませんが、確かに本能的・肉体的な対応では文化を制御できない以上、意識して理解を深めることに努力してゆかなければならないのかもしれません。
その意味では今回のようなセミナー自体が、私たち自身が生み出しておきながら実は十分に理解できていない「文化」というものについて、改めて目を向けるきっかけを与えてくれるのかもしれません。好奇心を絶やさないようにすること、あるいは他人の好奇心に応えるような場やコンテンツを提供すること、そのどちらも大切なのだという思いに至った次第です。
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