「日本で iPhone が生まれなかったのは、キャリア主導の開発が行われてきたからだ」「キャリア主導である限り、日本に iPhone が誕生する/導入されるのは不可能だ」という主張をよく見かけます。例えば最近でも、米 BusinessWeek 誌の翻訳記事が話題を集めました:
■ 日本にアイフォンは必要か? (NBonline)
2ページ目、NTTドコモと Apple が iPhone 日本導入について会談していることに関して、こんな観測があります。長文引用で失礼しますが、ご覧下さい:
またアップルは、米国でアイフォンを独占的に扱う米AT&Tと同様に、自社のオンライン楽曲ストア「iTunes(アイチューンズ)」を通じてアイフォンの利用開始手続きを行うよう提案している。この案にもドコモが難色を示す可能性がある。
現在、ドコモの携帯電話の利用開始手続きができるのは正規のドコモショップだけだ。アイフォンユーザーがドコモショップに行かなくていいということは、ドコモ独自のポータル(玄関)サイト「iモード」や、iモード経由で提供されている音楽、ショッピング、投資などのサービスも利用されなくなる可能性が出てくる。
こうした利益率の高いサービスからの収入を奪われたら、ドコモは無線ネットワークの基地局やサーバーを管理する単なる接続業者になってしまう。「そうなれば、ドコモは“パイプ”を張るだけの会社になってしまう。それだけは避けたいはずだ」と、ある通信業界幹部は匿名を条件に語る。
ということで、ドコモがまるで「iPhone 上陸に反対する抵抗勢力」のように感じられます。個人的にも「キャリア主導型=諸悪の元凶」のようなイメージで捉えていたのですが、以下の記事を読んで少し考え方が変わりました:
■ The Untold Story: How the iPhone Blew Up the Wireless Industry (Wired)
Wired による「iPhone 開発秘話」。というより、サブタイトルにあるように「いかにして iPhone がケータイ業界構造を変えたか」という記事として紹介した方が良いかもしれません。英文の上に4ページもあるのですが、興味深い内容なので、お時間がある方は週末にぜひ。
「iPhone が変える」前の業界構造はどうだったのか。3ページ目にこんな一節があります(またまた長文引用で失礼します):
Sigman and his team were immediately taken with the notion of the iPhone. Cingular's strategy, like that of the other carriers, called for consumers to use their mobile phones more and more for Web access. The voice business was fading; price wars had slashed margins. The iPhone, with its promised ability to download music and video and to surf the Internet at Wi-Fi speeds, could lead to an increase in the number of data customers. And data, not voice, was where profit margins were lush.
Sigman(※Cingular側の代表者)と彼のチームは、すぐさま iPhone の概念に魅了された。Cingular の戦略は、他のキャリア同様、顧客によりウェブアクセスを活用してもらうことだった。音声通信ビジネスは退潮傾向にある――価格競争により、マージンが大幅に減少しているのだ。iPhone は音楽やビデオをダウンロードしたり、ネットに接続する機能を備える計画になっていたため、データ通信を利用する顧客を増やすことができるだろう。そして音声と違い、データ通信のマージンは、まだ豊富に確保することができるのだ。
What's more, the Cingular team could see that the wireless business model had to change. The carriers had become accustomed to treating their networks as precious resources, and handsets as worthless commodities. This strategy had served them well. By subsidizing the purchase of cheap phones, carriers made it easier for new customers to sign up — and get roped into long-term contracts that ensured a reliable revenue stream. But wireless access was no longer a luxury; it had become a necessity. The greatest challenge facing the carriers wasn't finding brand-new consumers but stealing them from one another. Simply bribing customers with cheap handsets wasn't going to work. Sigman and his team wanted to offer must-have devices that weren't available on any other network. Who better to create one than Jobs?
さらに、Cingular のチームはケータイ業界のビジネスモデルが変化しなければならないと考えていたのだろう。キャリアは自分たちのネットワークを貴重な資源だと考え、端末を価値のないコモディティだと捉えることに慣れてしまっていた。この戦略は彼らを大きく成功させた。補助金を出して安く端末を買わせることで、キャリアは新しい顧客を容易に獲得し、長期契約を結ばせて安定した財源としていたのだ。しかし、無線アクセスはもはや贅沢品ではなく、必需品となった。キャリアが直面する最大の課題は、新しい顧客を見つけることではなく、他社から奪い去ることである。顧客に安い端末を与えておびき寄せるという仕掛けは、うまく動かなくなった。Sigman と彼のチームは、人々の必須アイテムとなるような端末で、かつ他のネットワークでは使えないような端末を探していた。それを作る任務にふさわしい人物が、Steve Jobs の他にいようか?
Sigman was right. The negotiations would take more than a year, with Sigman and his team repeatedly wondering if they were ceding too much ground. At one point, Jobs met with some executives from Verizon, who promptly turned him down. It was hard to blame them. For years, carriers had charged customers and suppliers for using and selling services over their proprietary networks. By giving so much control to Jobs, Cingular risked turning its vaunted — and expensive — network into a "dumb pipe," a mere conduit for content rather than the source of that content. Sigman's team made a simple bet: The iPhone would result in a surge of data traffic that would more than make up for any revenue it lost on content deals.
Sigman は正しかった。Sigman 達は Apple 側に譲歩し過ぎているのではないかと疑問を感じつつ、1年以上の交渉を行った。Jobs は Verizon の幹部とも会っていたが、彼らはすぐに Jobs の申し出を却下した。Verizon を非難するのはかわいそうだろう。何年もの間、キャリアは彼らの自社ネットワーク上にあるサービスを提供することで、顧客やサプライヤーから代金を得てきた。Cingular にとって、Jobs に多大な指揮権を与えることは、彼らの高価なネットワークを「ただのパイプ」(つまりコンテンツの源ではなく、コンテンツが通るだけの管)にするリスクを冒すことに他ならない。Sigman のチームは1つの可能性に賭けた:iPhone はデータ通信量を拡大し、コンテンツの面で失うことになる利益を補ってあまりある利益をもたらすだろう。
ということで、専門家ではないので細かい部分は分かりませんが、アメリカでも「キャリア主導」的な側面があったことが指摘されています。当初、キャリアからの縛りを受け入れる形で Apple が完成させたのが ROKR、その不出来(端末の機能やデザインだけでなく、利用形態などシステム面も含め)に業を煮やした Jobs が完全な自由裁量を手に入れて完成させたのが iPhone なのだ――記事ではこんな対比がされています。
確かに日本ではキャリア主導という構造があり、自由に端末の設計が行えないのでしょう。しかし、メーカーの側にもそれを打ち破るだけの思想や行動力が無かった、という言い方もできるのではないでしょうか。考えてみれば、キャリアがこれまで上手く動いていて、自分たちに利益をもたらすビジネスモデルに固執するのは当然のことでしょう。キャリア側に「彼らなら魅力的な端末を作り、ビジネスモデルを一変させる力があるかもしれない」と信じさせるような力を持ったメーカーの不在、それも日本にとっての不運ではないかと思います。
Wired の記事は、こんな内容で終わります:
It may appear that the carriers' nightmares have been realized, that the iPhone has given all the power to consumers, developers, and manufacturers, while turning wireless networks into dumb pipes. But by fostering more innovation, carriers' networks could get more valuable, not less. Consumers will spend more time on devices, and thus on networks, racking up bigger bills and generating more revenue for everyone. According to Paul Roth, AT&T's president of marketing, the carrier is exploring new products and services — like mobile banking — that take advantage of the iPhone's capabilities. "We're thinking about the market differently," Roth says. In other words, the very development that wireless carriers feared for so long may prove to be exactly what they need. It took Steve Jobs to show them that.
キャリアの悪夢は現実になりつつあるかのようだ――iPhone は利用者、ソフト開発者、端末メーカーに力を与える一方で、無線ネットワークを「ただのパイプ」にしようとしている。しかしさらなるイノベーションを促進させることで、キャリアのネットワークはより多くの価値を手にすることができる。利用者はもっと多くの時間を端末に費やすようになり、すべての関係者により多くの収入をもたらすことになるだろう。AT&Tのマーケティング担当プレジデント、Paul Roth によれば、いまやキャリアは新しい製品とサービス(モバイルバンキングなど)を模索している。「私たちはマーケットを異なる姿で考えている」と Roth は言う。言い換えれば、長年キャリアが恐れていたものが、まさに彼らが必要なものだったのだ。それを気づかせるために必要だったのが、Steve Jobs の存在だったようだ。
「私たちはマーケットを異なる姿で考えている」という言葉も良いですが、そのパラダイム・シフトとでも呼ぶべきものを Steve Jobs がもたらした、という点にも納得です。「キャリア=抵抗勢力」論を超えて、既存のモデルを変えるような企業・人物が登場しないことも問題視すべきかもしれません。
ちなみに以前、こんな記事もありました:
■ 国内6メーカー担当者が実物を見て語った「iPhoneの衝撃と本音」 (IT-PLUS)
国内メーカーの担当者が iPhone を触った感想を語る、という企画なのですが、以下の部分が上記の Wired の記事とあまりにも対照的です。
「iPhone担当者は、楽しみながら製品をつくっていたんだな、と思う」(E社製品企画担当)。
「iPhoneには、物作りに対する強い信念を感じる。タッチパッドや機能などを表面的に真似しても、iPhoneを超えるものはできない。開発者の信念がこの製品を作り上げたような気がする」(F社技術担当幹部)。
「チームワークがしっかりしている。一つのものに集中しているから、製品化を実現できたと思う。メーカーとしてのやり方を貫いている点は見習いたい」(C社端末戦略担当)
「我々も対抗できる商品をつくりたい。しかし、やるからには徹底しなくてはいけない」(D社製品企画担当)。
といった様子。国内メーカー関係者のほとんどが、アップルの開発体制を「うらやましい」と思ったとともに、悔しさを感じていた。iPhoneの登場によって、国内メーカーが奮起してくれることはとても喜ばしいことだ。
これまで国内メーカーは、年3回の商戦期のために、キャリアの意向を聞き、他メーカーの動向を横目で見て、日々疲弊しながら製品開発を行ってきた。機能競争だけでは差別化しにくくなっている今、国内メーカーに求められているのは、メーカーとしてのメッセージ性を持った製品を、じっくりと腰を据えて開発できる環境なのだろう。
iPhone を見て最も態度を改めるべきなのは、端末メーカートップなのかもしれませんね。
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