まだ考えをまとめていないので、なんとなーくの話で聞いていただければと。
「クラウドコンピューティング」という概念を説明する時に、何にたとえたら良いだろうと考えていたのですが、「コンビニエンスストアのようなもの」という比喩はどうでしょうか。
- かつて朝食を作るには、食材に加えて、包丁やまな板、炊飯器、冷蔵庫といった様々な道具が家にあることが必須でした。しかしコンビニでお弁当を売るようになったので、こうした道具を家に揃えて置かなくても大丈夫になりました。しかも料理の仕方やお米の炊き方を知らなくても大丈夫です。
- かつてデジカメで撮った写真をプリントアウトしたければ、PCとプリンタを買い、セットアップし、データを出力する必要がありました。しかしコンビニに出力端末が置かれるようになったので、こうした道具を揃えて置かなくても大丈夫になりました。しかもプリンタのセットアップの仕方やPCの使い方を知らなくても大丈夫です。
クラウドコンピューティングにおけるクラウドとは、上の例で言うところのコンビニのようなもの。本来は自宅に備えておかなければいけないアプリケーション(コンビニの例えで言えば「冷蔵庫」機能や「プリンタ」機能)を、クラウド(コンビニ)上から取得できるようになり、ユーザーはこれらの機能を自前で準備する必要がなくなった(自宅の近くにコンビニがあること、つまりクラウドに接続できる回線が保証されていること、という前提条件はあるけど)――というような説明ができないかなぁ、などと考えています。
ただお弁当の例で言えば、クラウド(コンビニ)は冷蔵庫と台所を貸してくれるわけではなく、料理したモノという結果だけを提供しているので「コンピューティング」とはちょっと違いますが。しかも「今日は絶対塩カルビ弁当!」という目的を決めてコンビニに行くケースは少なく(そういう気分の日もあるだろうけど)、クラウドに接続(=コンビニに到着する)してからそこにあるメニューを見て選択肢を選ぶ、という点もクラウドコンピューティングとは異なるでしょう。しかしユーザーの立場からすれば、何も言わずにユーザーのニーズを察知して品揃えしてくれると共に、新発売の商品もいち早く取り揃えてくれる「コンビニモデル」こそクラウドコンピューティングの目指すべき方向とも言えるかも。
などなどつらつらと考えてみました。気が向いたらまた書く、かも。
< 追記 >
Wikipedia 上の「クラウドコンピューティング」の解説を読んでいたら、「いったんクラウドを利用し始めてしまうと、企業はクラウドに依存するようになり、中毒症状になってしまう」などという意見があることが紹介されていました。この辺も、「コンビニ中毒」などという言葉のあるコンビニに近いかも?
個人的には
「発電所のようなもの」
という誰かの説明がわかりやすかったです。
昔は自前で発電機を持っていて、(自宅サーバ)
そのうち近くの発電所から買うようになって(レンタルサーバ)
最終的には中央発電所が地域すべての電力をまかなう(クラウド)
みたいな、、
投稿情報: けんすう | 2008/11/13 15:35
けんすうさん、コメントありがとうございます。
「クラウドコンピューティングは発電所のようなもの」はニコラス・カー氏の表現ですね。彼が発案したものかどうかは分かりませんが、『クラウド化する世界』(原題"The Big Switch")の中でそう表現されています。
個人的にも、「発電所のようなもの」という喩えがこれまでで一番分かりやすいものでした。ただ、「個々の工場が独自に発電機を有していた時代」というのを実際に目の当たりにしたわけではないので、もう少し身近な事例にたとえられないかなぁと考えていた次第です。
実はコンビニが出てきたのには理由がありまして、最近『公共空間としてのコンビニ』という本を読んだためでした。この本については、以下でも軽く触れてみました:
http://blogs.itmedia.co.jp/akihito/2008/11/post-4800.html
投稿情報: アキヒト | 2008/11/13 16:59