いきなりですが問題です。日本国内で1年間に発生する医療事故は、いったいどのくらいの件数になるのでしょうか?
……実は正解は「不明」。というのも国内で事故の報告義務があるのは、大学病院などを中心とした特定病院だけであり、対象外の病院で発生した医療事故まで全て把握されているわけではないのだそうです。別に件数が把握されていないからといって大問題になるわけではありませんが、情報の蓄積が思いもよらなかった発見を生む、という事例が多々見られるようになってきています。どんな小さな情報でも寄せ集めてみる、という姿勢が無いのは少し残念ではないでしょうか。
とはいえ、情報収集・集約のコストもバカになりません。政府が自ら全ての情報収集に奔走するというのは、物理的に無理でないにせよ、新たな経済的負担になってしまう可能性があるでしょう。しかし、市民一人ひとりが「こんな出来事があったよ」と情報を寄せ合うサイトがあれば――まさしく商品比較サイトや地域情報サイトのように医療事故情報を扱うサイトがあれば、これまで見えていなかった知見が明らかになるかもしれません。
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今日の午後、東京大学で行われた「電子政府の障壁―EU委員会報告書をめぐって」というセミナーに参加してきました。英オックスフォード大学で電子政府(E-Government)の比較研究をされている、ヘレン・マーゲッツ(Helen Margetts)教授の発表を中心に、政府がICT技術を活用する際にどんな障害があるか・それに対しどんな解決策があるかを考えるという内容。その中でマーゲッツ教授が、英国の国営医療サービス(National Health Service、NHS)が設置したこんなサイトについて紹介していました:
「患者の意見」というサイト名から分かるように、NHSが提供している医療サービス全般について、患者がコメントを行えるというもの。具体的には、以下のような例が掲げられています:
- Patients and carers can find out what other people think of local hospitals, hospices and mental health services.
(患者と看護者が、他の人々が地元の病院やホスピス、精神医療サービスについてどんなことを思っているかが分かる) - And lots of people share the story of what happened to them or their family when they were ill.
(自分や家族が病気になった時、どんなことが起きたか、体験談を共有できる) - Most important of all patients and carers can tell it like it is - patients and carers know what the service was like and come up with lots of great ideas about how it could be better.
(患者と看護者が、サービスがどんなものか知ることができ、さらにそれを改善するためのアイデアを共有できる)
「患者と介護者」をユーザーに、「NHSの病院/医療サービス」を「商品」に置き換えれば、そのまま商品比較サイトの謳い文句になりそうです。実際、"Opinions"のページを開いてみると、病院の実名を特定した上で「あの病院でこんな仕打ちを受けた/こんな親切をしてもらった」といった体験談が掲載されていることが分かります。これをNHS自らが設置しているのですから、なかなか面白い事例ではないでしょうか。
"Patient Opinion"はあらゆる病院の事例を集めているわけではありませんから、冒頭で空想したような「医療事故情報共有サイト」ではありません。しかし病院関係者だけでなく、患者やその家族たちから情報を寄せてもらってサービス改善に役立てる、という事例は既に存在しているわけですね。もちろんCGM的なアプローチは誹謗中傷の問題とは無縁ではなく、逆に医師や病院を萎縮させてしまう恐れもあると思いますが(マスメディアの報道姿勢が産婦人科医を志望する人々に影響したように)、情報収集・蓄積・活用の手法として検討に値するのではないかと思います。
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マーゲッツ教授の講演の中では、上記のような「公共サービスの提供者(公共団体)と受益者(市民)が協力して公共サービスをつくる」という可能性が他にも指摘されていました。「消費者がつくるメディア」がCGM(Consumer Generated Media)であるならば、「市民も参加してつくる公共サービス」はCPPS(Citizen Participated Public Services)とでも呼べるかもしれません(既に専門用語が存在していそうだけど)。いずれにしても、政府や自治体がネットを通じて市民と直接やりとりし、新たな公共サービスを創造する・既存のサービスを改善するといった事例が今後増えてくるのかもしれません。
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余談ですが、このセミナーが行われた東京大学情報学環・福武ラーニングシアター、電波がいっさい入りませんでした。無線LANもIDで保護されているものだけで、ゲスト用アカウントの用意はなし。各席に電源が確保されている、という点は良かったものの、講演の中で紹介されているウェブサイトには誰も(講師も!)実際にはアクセスできない……というお粗末な状況。テーマがテーマだけに、この辺はどうにかならなかったのだろうか、と少し残念でした。
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