最近、"Social Media Metrics: How to Measure and Optimize Your Marketing Investment"という本を査読させていただく機会がありました。文字通り「ソーシャルメディアを活用したマーケティングの効果測定をどう行うか?」という議論に特化した本で、非常に面白かったのですが、こんな本が登場するということはそれだけ「効果測定はどうすれば良いのか?」という点に多くの人々が頭を捻っているということなのかなぁ、と感じています。ま当然の流れですよね。
で、AR(拡張現実)を使ったキャンペーンについても同様で、海の向こうでは「ARってマーケティングに使えるの?」という話から、「どうすれば効果的に使えるの?とか「効果測定をどうしようか?」という話に議論が移りつつあるように思います。例えば以下の記事もそんな内容ですが、2つの具体的な事例が紹介されています:
■ Big brands embrace AR, but at what cost? (brand-e)
Acer and Dabs.com recently embarked on an AR campaign using ‘Total Immersion’ technology. According to TI director Myles Peyton, 70% of people who went to the Dabs.com site – prompted by an ad in T3 magazine – chose to live the AR experience. Of that group, 13% then purchased the project, compared to an industry standard website conversion of around 0.5%.
Those are justifiable stats. Swiss watchmaker Tissot also embarked on an AR campaign with built-in reporting metrics and discovered that in-store sales of its watches rose by 85% on the back of its AR ads. So it can work on a direct sales level – which is justification in itself – but these are just two examples out of many attempts. Both Acer and Tissot will have been encouraged by their early experiences with AR but it may be too early to say that they have achieved true ROI. However the metrics are in place and that is the right approach to ensure there is no pouring of cash into some promotional black hole.
近頃、Acer と Dabs.com が共同で、Total Imersion の技術を使ったARキャンペーンを実施した。TI社のディレクター、Myles Peyton 氏によると、Dabs.com のサイト(雑誌"T3"に広告が掲載されていた)に訪れた訪問者のうち70%がARを体験し、その中の13%が購入にまで至った。業界平均のコンバージョン率は、およそ0.5%である。
この結果はARの使用を正当化するものだろう。スイスの時計メーカーである Tissot もARキャンペーンを実施しているが、そこではあらかじめ効果測定の仕組みが用意されていた。その結果、AR広告のおかげで、店舗での売上げが85%上昇したことが判明したのである。つまり直販のレベルでもARに効果があることが分かった(これもまたARキャンペーンを正当化するものだろう)わけだが、これらは数多くの事例の中の2つにすぎない。Acer と Tissot はこの結果に自信を持つかもしれないが、本当の意味でのROIを達成しているかどうか判断するにはまだ早すぎる。しかし彼らはきちんと効果測定を実施しているわけであり、これならばプロモーション費用というブラックホールにカネをつぎこんでしまうという事態は避けられるだろう。
とのこと。ちなみに Acer と Dabs.com が行ったARキャンペーンというのがこちら。Acer の"Aspire 5738D"という製品のプロモーションサイトです:
3D映像が楽しめる機種ということで、ARを活用したプロモーションが行われたようです。またもう1つの事例、Tissot については最近日本でも話題になりましたよね:
■ 紙バンド読み取り腕時計を“試着”、拡張現実を駆使したサービス登場。(Narinari.com)
ただし「売上げが85%上昇」という結果は、ウェブを通じたものではなく、同じサービスを店舗に設置されたデジタルサイネージ端末で提供したことによるもののようです:
■ Augmented reality boosts retail sales, but where is the RoI? (MIS Asia)
Shoppers were encouraged to wear a paper watch and hold up their wrists to the video camera and screen embedded in the shop window. Using light-reflecting technology, the Holition application recognized the black and white symbol, or “MagicSymbol”, printed on the paper watch and broadcast back realtime footage of the shopper wearing a virtual 2D watch through the digital screen installation. The system also allowed experiments with colors and straps across 28 different product variations chosen via the touch-screen technology.
An average of 190 shoppers per day tried on watches and directly interacted with Tissot using the technology. The Tissot boutique situated within Selfridges recorded a sales increase of 85 per cent during the campaign period.
来店客は紙でできた時計を腕に巻き、カメラの方に腕を向けるように促される(店の窓にはスクリーンが埋め込まれている)。Holition 社(※Tissot のARアプリケーションを開発した企業)の技術により、紙の時計に印刷された白黒のマーカー("MagicSymbol"と名付けられている)が認識され、スクリーン上で来店客がバーチャルな腕時計を身につけているような映像がリアルタイムで投影される。またこのシステムでは、スクリーンにタッチすることで時計の色やバンド、タイプ(全28種類)を変更することが可能だ。
一日平均で190名の来店客が時計を試着し、Selfridges(英国にあるデパート)の中にある Tissot の店舗では、キャンペーンの期間中に売上げが85%上昇するという結果を残した。
ということで、数字上でも成功が確認できるARキャンペーンが出てきているようですね。
ただし。2本目のMIS-Asiaの記事は、こんなことも指摘しています:
However, what retailers and brands really want to know is what the RoI from running an augmented reality campaign is. Taking all costs into account – such as building and installing the application, hiring a window in a high-footfall area such as Oxford Street, employing PR staff to show passersby how to use the technology – this amounts to a pretty large investment. Our guess is that even with Holition taking on some of the costs, Tissot did not make much of a direct margin from the venture.
しかし、小売業者が本当に知りたいのは、ARキャンペーンを実施した場合のROIである。アプリケーションの開発・設置コストや、オックスフォード通りのように人通りの多い場所での広告スペース借用料、通行人にシステムの使い方を説明するPRスタッフの人件費などを考えると、トータルでのコストはかなり大きなものになるだろう。恐らくこれらのコストの一部を考慮に入れるだけでも、今回のキャンペーンから Tissot が手にすることのできる利益は僅かなものになるはずだ。
要するに「ARを実施する時には、システム開発費以外のコストもかかるんじゃないの?」という話。確かにARなんて体験するの初めて、というお客さんがほとんどでしょうから、スクリーンの横にはトレーニングを受けた店員を配置しておく必要があるでしょう。こういうコストはある程度仕組みが普及すれば小さなものになりますが、しばらくは無視できない要因となるに違いありません。
ということで、特にROIのようにトータルな視点での効果測定を行う場合には、ビジネスでのAR活用にはまだまだ議論すべき点が残されているようです。ただ1本目の記事が指摘しているように、現時点で注目すべきは個々の結果というよりも、「きちんと効果測定を行うARキャンペーンが登場してきていること」ではないでしょうか。当たり前といえば当たり前の状況なのですが、数値として結果が把握できないものが企業に受け入れられることは難しいわけですから、そうした普通の話がARでも語られるようになってきているということは、それだけARの実用化が進みつつあると捉えられるのではないかと思います。こうした結果が積み重なることで、ARに特化したROIの測定方法などが洗練されてゆくことでしょう。
いずれにしても、こういった具体的な議論を目にする機会が増えているというだけでも、海外ではARのビジネス活用が着実に進行していることを感じます。そろそろ日本にも黒船来襲……ではなく、逆に世界に仕掛けていくような動きを期待したいところ。
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