今日の日経産業新聞で、最近IT企業が「ラボ」「開発合宿」というキーワードで研究開発体制を強化している、という記事が掲載されていました:
ライブドア事件 ネット業界は今② -- 「ラボ」核に技術力磨く 独自サービス開発に注力(日経産業新聞2006年2月6日、第2面)
開発体制強化の取り組みとして、
- ECナビ -- 社内組織「ECナビラボ」を設立、3人の開発者を専任メンバーに
- サイボウズ -- 子会社サイボウズ・ラボを設立。人材獲得も積極化
- サイドフィード -- ブログを宣伝、フィードバックのツールに活用し開発速度向上
の3社が紹介されると共に、はてなが「はてなブックマーク」を合宿で開発したことに触発され、「開発合宿」を行うIT企業が増えていることが解説されていました。ちなみに「○○ラボ」という存在については、次の「神泉で働く社長のblog」の記事で詳しく紹介されています:
ネット系企業の『~ラボ』の動き(神泉で働く社長のblog)
こうしてみると、Google Labsを筆頭に、様々なサービスが「○○ラボ」を起点として生まれていることが分かります。「ラボ=研究所」というと、商品化/サービス化される前のコア技術を研究しているというイメージ(悪い例で言えば、多くの要素技術を開発しながら、その商品化にことごとく失敗したパロアルト研究所のような存在)があるのですが、最近は商品/サービスに直結する研究開発が行われる存在のようです。
これは根拠の無い印象なのですが、IT企業系の「ラボ」と市場の差は急速に縮まっているのではないでしょうか?もっと極端なことを言うと、ラボとユーザーの境界線は無いに等しいのかもしれません。なぜこんなことを言うかというと、
- 開発者の多くはブログを開設していて、ユーザーと自由に意見交換している。
- 開発者の多くは自らも開発した技術のユーザーとして、楽しみながら開発している。
- ユーザー側にも技術力を持った人々が多く、ブログなどを通じて積極的に開発者側へのフィードバックを行っている。
という現象をよく目にするからです。またサイドフィードの赤松さんなどは、他社と合同で合宿をされるとのことで、ここでは「企業と企業と境界線」もあいまいになっています。ある意味、ユーザーと硬直化した関係しか築けない親会社に対して、自由に行動できる「○○ラボ」は、ユーザーや他社の開発者と一体化が可能な存在--そんな捉え方も可能なのではないでしょうか。
この「ユーザーと企業の境界線」という問題については、サイボウズの安田さんが優れた分析をしていらっしゃいます:
NO BORDER ~ 「ユーザー」と「企業」の BORDER について考える ~(経営企画室 調査日報)
この中で安田さんは、ユーザーと企業の境界線が無くなりつつあり、またそれが望ましい方向であることを論じられています。
こういった状況を考えると、「ユーザーの声"も"、"ときどき"聞きます」といった部分的な関わり方では何の意味もなく、もっと深く、対等な(むしろユーザーが優位な)関係でユーザーと企業が結ばれるべきときが来ているのでは、そんな気がしてなりません。
「○○ラボ」という存在は、意識しているかどうかは別にして、IT企業が新しい時代のイノベーション開発体制を模索している中で生まれてきた形態ではないでしょうか。このまま「○○ラボ」で行われている活動がスタンダードとなるのか、それとも途中で行き詰まってしまうのかは分かりませんが、企業の境界線が再構築を迫られていることは間違いなさそうです。
それらのラボで本当の意味でイノベーティブなテクノロジーが生まれているか、というと疑問です。
あくまで「開発」であり、「研究」ではない。
投稿情報: 通りすがり | 2006/02/06 19:42
そうですね、ユーザーに近づいたとしても、「イノベーション」と呼べるようなテクノロジーが生まれるのかという議論は確かにあると思います。先月号の日経情報ストラテジー(ブルー・オーシャン戦略が特集されていた号)で、「ユーザーに聞いても本当に提供すべきものを知ることはできない」という特集が組まれていました。
ただ、先端的なユーザーが主導する形でイノベーションが生まれるケースもある、という研究もあります(いま話題となっている『民主化するイノベーションの時代』)。特にIT系の分野では、企業内の技術者とほぼ同じ技術力を持つユーザーも多いですし、彼らに近づくことで不利になることは少ないのではないでしょうか。
投稿情報: アキヒト | 2006/02/06 19:57
たしかに新しい発想のアプリケーションは生まれると思います。主張されている点を否定するつもりはありません。
ですが、サイエンスとしてどれだけイノベーションが生まれるのか、ということを疑問視しているのです。
それらラボのなかにどれだけPh.Dがいるのでしょうか。Google Labsやパロアルトと同列に並べるのは乱暴のように思います。
投稿情報: 通りすがり | 2006/02/08 13:25
このブログでは僕の主観的な意見ばかり言っているので、主張を否定していただいても大丈夫ですよ(笑)
確かに「サイエンスとしてのイノベーション」という意味では、記事で取り上げられていた「ラボ」とは方向性が違うかもしれませんね。誤解を恐れずに言えば、(記事にある)ラボは「革新的な技術」ではなく「革新的なサービス」を生む場なのだと思います。
その意味で、PARCと現在の「ラボ」は並列の存在にはないと思います。Google Labsは個人的には、新しい技術とサービスの両方を生み出している場のように感じています。
投稿情報: アキヒト | 2006/02/08 13:35