先日行われた「第3回社内ブログ/SNS研究会」では、日本ナレッジマネジメント学会の山崎秀夫教授にご講演いただきました(iUG公式サイトでレポートを掲載予定ですので、少々お待ち下さい)。その中で「これまでの情報共有は、感情の共有が欠けていたために具体的な行動に結びつかなかった。これからは、『感情に裏打ちされた知識の共有』が重要」というお話があったのですが、今月号のハーバード・ビジネス・レビューに同じテーマの記事がありました:
最新研究が教える「無意識」の力 -- 脳の意思決定メカニズム(ハーバード・ビジネス・レビュー2006年4月号)
記事の冒頭には、このような概要が掲載されています:
意思決定は、能力のみならず感情にも左右される。(中略)まず脳は、理性だけで正しい判断を下せない。その逆もしかり。脳は、過去の経験に引きずられ、合理的に判断できない。脳は、論理を超えた意思決定を導く等々---。
また医学的な例として、「エリオット」という優秀なビジネスマンが脳の感情をつかさどる部分に障害を負った結果、以前のような意思決定を下すことができなくなった事例が紹介されています。そして、
ダマジオの研究グループはその後、エリオットと同じように、脳の損傷によって感情と意思決定力が欠落した患者を50人以上調べた。その結果、大脳辺縁系(感情を育むうえで重要な役割を果たす古い脳構造の集合)に損傷を受けた患者は、うまく意思決定できないことを発見した。つまり、意思決定には感情と理性の対話が不可欠であり、そこには何か重要な営みが存在していることがわかってきたのだ。
という研究結果が報告されています。
ビジネスで「意思決定」という場合、それは客観的な事実に基づいた合理的な判断のことを指します。従って感情はまさに「感情的な判断」を導くものであり、無視あるいは排除されるべきと考えられてきました。ところが、たとえ合理的な判断を下すためであっても、感情は重要な要素として考えるべきだという主張が支持を得てきているようです。
確かに医学的な症例を出されなくても、「感情」が意思決定の重要な要素であることは理解できます。例えばまったく同じ結果をもたらす2つのプランがあるとしましょう。一方はリスクは高いが短期間で実行できるプラン、もう一方はリスクは低いが長期プロジェクトとなるプラン。予測される結果が同じなら、合理的な分析を繰り返してもどちらを選ぶかは判断できません。リスクとスピード、最終的にどちらを取るかは、個人の性格や過去の経験などといった「客観的」とは逆の位置にある要素で決定されます。
このことを無視して客観的な資料ばかりを並べても、組織として望ましい意思決定を期待することはできません。例えば上記の例なら、「当社は何よりもスピードを重視し、最新のサービスを他社に先駆けてユーザーに提供することにこそ価値がある」というような価値観を社員に持たせることが必要になります。理性と同時に、感情に訴える--すなわち、組織として同じ感情を持たせるという「感情の共有」が重要になるわけです。
そのような「感情の共有」を促進するツールの1つとして、社内ブログや社内SNSが考えられると思います。ブログ/SNSは数値的な情報を整理することには向いていませんが、コンテクストを共有したり、コミュニティを形成することには適しています。従来型の情報共有ツールに加えて社内ブログ/SNSを導入することにより、山崎教授の言われる「感情に裏打ちされた知識の共有」を実現することができるのではないでしょうか。
ツールは何にせよ、社内システムにも「感情共有」という面をもっと促進するような仕掛けがあってもいいように思います。現実世界での人間の交流という点では、力を入れる企業が増えてきています。例えばフリーアドレス制を導入した日本テレコムでは、オフィス内に「Market」と呼ばれるゾーンを造り(参考記事:日本テレコム「汐留コアオフィスのご紹介」)、社員間の交流が促される環境を設けています。同じような仕組みを、デジタル上でも実現する--そんな発想がもっとあっても良いのではないでしょうか。オフィス内に広々とした「Market」を造るよりも、デジタル空間に設ける方がずっと安上がりですしね。
※ちなみに先日もご紹介した、現実世界の環境構造がコミュニティにどう影響するかを考察した本『パタン・ランゲージ』では、人々が自然に交流を図るような都市構造の1つとして、「プロムナード」が紹介されています:
都市には昔から、1つの価値体系を共有する人びとが触れ合いを求めて出かける場所が、何か所もあった。このような場所は、つねに路上劇場のようなものであり、人びとが自然に集まり、他人をじろじろ眺めたり、ぶらぶら歩いたり、店をひやかしたり、油を売ったりする場所であった。
(中略)
まさにこれこそが、プロムナードのような場所の美しさのすべてである。生き方を共にする人間が寄り集まり、肩を触れ合い、自分のコミュニティを確認するのである。
(中略)
このような散策を促すプロムナードはあまり一般的でなく、しかもスプロール化した都市地域ではきわめてまれである。だが、カリフォルニア大学バークレー校、建築学部のルイス・ラシオネロの実験が、このような公的接触の起こり得る場所が至近にあれば、人びとがそこに出かけることを証明している。
社内ブログ/SNSが作り出すのは、デジタル空間に広がる「社内プロムナード」であると考えてみても面白いかもしれません。
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