相変わらず Twitter にアカウント登録だけして、全然書き込みをしていない自分ですが、単なる遊び道具以上の効能を期待する動きもあるようです:
■ The Global Sympathetic Audience (New York Times)
ある Twitter ユーザーの男性が自殺を考え、Twitter に
8:17 「ここ(橋)から飛び降りるべきかな?」
9:39 「もうたくさんだ。クルマを停めた。僕に親切にしてくれたみんな、お元気で。来世で会おう」
と書き込んで「Twitter 自殺」を図ろうとしたところ……という話。幸いなことに、この男性はクルマの中で寝込んでしまったところを警察に発見されたそうですが、彼の持っていた iPhone は、心配した他の Twitter ユーザーたちから寄せられたメッセージでいっぱいになっていたそうです。中には彼の母親にコンタクトを取ったり、警察に通報した人もいたとのこと。
話はそこからふくらみ、「セーフティーネット(安全網)としての Twitter」という発想につながっていきます。今まで独りで悩み、あるいは自殺してしまっていたような人々が Twitter (あるいは同様のミニブログ)でリアルタイムに思いを吐露することによって、彼/彼女をサポートする声や動きがネットを通じて集まる……という話ですね。Times の記事には、他にこんな例も紹介されています:
He described how in April he and his partner, Tara Hunt, “had a big fight after we’d been drinking and then she Twittered that she was leaving me.” Because her message went out very late, most of the Twitter users who read the posts were in Australia. Many e-mailed Ms. Hunt to ask what happened. Those messages helped persuade the couple to reconsider.
彼(※Chris Messina という男性)は自分と恋人の Tara Hunt との間で4月に起きたことを話してくれた。「酒を飲んだ後、僕らは大喧嘩して、彼女が twitter に『別れる』と書き込んだんだ。」彼女の書き込みは深夜だったため、それを読んだ Twitter ユーザーの多くはオーストラリアに住んでいる人々だった。大勢の人から Hunt さんにメールが届き、何があったのかと尋ねてきた。そうしたメッセージは、二人にやり直すよう説得するものだった。
自分の生活に深く関係していない人々から、自分のことを心配するメッセージが届く。それをどう捉えるかは人それぞれだと思いますが、逆に「深く関係していない人々だからこそ、話をしやすい」という面もあるのではないでしょうか。いずれにせよ、Twitter が思いを吐露し、心配してもらう場になっているわけですね。(いちいちPCを立ち上げなくていいという意味での)物理的負担、あるいは心理的負担が少なく、カジュアルに書き込みのできるミニブログならではの効果、といったところでしょうか。
逆にこうしたオンラインでのつながりが、中毒となる危険性も指摘されています。日本でよく指摘される、ケータイ中毒やメール中毒と似たようなイメージですね。その点には注意が必要ですが、逆にそれだけ、Twitter 型のコミュニティ(と呼んでいいのかどうかは議論があるでしょうが)が人々の孤独感を和らげる力があるということではないでしょうか。
ということでまだ登場して間もないコミュニケーション形態ですし、問題点も指摘されていますが、確かに「セーフティーネット」として機能できる面はあるのかもしれませんね。リテラシーの問題はありますが、子供やお年寄りにミニブログを使ってもらい、問題を早期に察知するというような応用が可能かもしれません。あるいは会社などの組織の中で、構成員の目に見えないストレスをどうやってケアしていくか、という問題にも参考になるのではと思います。
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