企業は自社の製品やサービスを、どの程度までコントロールすべきか。ハヤカワ新書juiceの第3弾『インターネットが死ぬ日』の中に、こんな一節があります:
20世紀初頭の米国では、電話網だけでなく電話網につなぐ機器までAT&Tが独占的に管理していた。電話機はすべてAT&Tからのレンタルであり、電話機の改造は禁じられていた。AT&T電話警察が改造の取り締まりをしていたわけではないが、ハッシュ・ア・フォンなどの電話用アクセサリーの売り手は攻撃された。ハッシュ・ア・フォンとは1921年に考案された製品で、近くにいる人に聞こえないように会話をするためのものである。要するにユーザーの口まで覆うじょうご型のプラスチックを送話口に取りつけて声がもれにくくするもの。12万5000個以上も売れたという。
当時のAT&Tは電話サービスの独占的プロバイダーであり、米連邦通信委員会(FCC)の監視下にあった。そのFCCは、1955年、「許可されていないアタッチメント」であるとしてこのじょうご型プラスチックの販売を差し止めてよい、また、購入した人に対して電話サービスの提供を停止してよいとの判断を出したが、この判断は上訴審で棄却された。判決文には「(AT&Tは)プライバシーを求める加入者の権利に異を唱えているのではなく、プライバシーが必要であれば送話口と口を手で覆って小声で話すべきだと主張している」とまるで笑い話のようなことが書かれていた。
本当に冗談のような話ですが、著者のジョナサン・ジットレイン氏はこのエピソードから以下のような教訓を導き出しています:
AT&T自身がハッシュ・ア・フォンを考案してもよかったと思うが、現実はそうならず、システムをほんの少しでも変えるにはアウトサイダーの力が必要だったわけだ。
実際にこの後も、アウトサイダーの手によって様々なイノベーションが生みだされていったとのこと。その意味では、ハッシュ・ア・フォンはごくごく些細な発明だったにせよ、電話というプラットフォームを極めて肥沃なものにする重要なきっかけを作ったといえるかもしれません。AT&Tにとっては皮肉な話ですが、企業としてのコントロールを失ったことで、プラットフォーム自体の魅力は高まったというわけですね。またこの話を読んだとき、頭に浮かんだのは Twitter のケースでした。AT&Tを Twitter、ハッシュ・ア・フォンを多種多様なサードパーティー製クライアントソフトに置き換えれば……こちらは逆に成功例になりますが、これも「アウトサイダーがイノベーションを生む」ということを示す好例と言えるでしょう。
もちろんイノベーションを生みだすことが、企業の唯一のゴールではありません。むしろ勝手なイノベーションによって混乱が生まれ、よけいな負荷がかかってしまうことも考えられるでしょう。それを思えば、自社製品やサービスを完全なコントロール下に置いておきたい=従ってハッシュ・ア・フォンは絶対に認めない、という判断をすることも理解はできます。しかしコントロール下での緩やかな成長が、カオスが後押しする急速な成長にどこまで対抗できるかと言えば……多くを期待することは難しいでしょう。企業としては、競合する組織や個人がこうした「カオス戦略」を取らないことを祈るしかありません。
「プライバシーが必要なら、手で口を覆って通話して下さい」――いまとなっては笑い話ですが、自分の会社が同じようなミスを犯していないか、あるいは競合他社がそれと知らずに行ってはいないか。改めて確認してみる必要があるのではないでしょうか。
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