去る2月28日から3月1日にかけて、米カリフォルニア州サンタクララでO’Reilly Media主催のイベント"Strata 2012"が開催された。これはデータ活用をテーマにしたカンファレンスで、最近大きな注目を集めているキーワード「ビッグデータ」を中心に、関連技術や導入手法などについて100以上のセッションを実施。ベンダーやユーザー企業だけでなく、研究者やジャーナリストなども集まり、熱心な議論が繰り広げられた。
同イベント初日のセッション"Business Intelligence: What have we been missing?"(ビジネスインテリジェンス:欠けている要素は何か?)に登場したのが、従業員測定というユニークなサービスを提供するベンチャー企業、e22 Alloyである。彼らは従業員によるオフィス系アプリケーションの使用、ウェブサイトの閲覧、コミュニケーションツールの使用といった幅広い行動のデータを収集し、生産性の測定や問題行動の早期発見など様々なレポートの作成を手がけている。「これまでのビジネスインテリジェンスは、顧客やサプライヤーなどといった外部にばかり目が向けられており、同様の分析を従業員に対しても行うべきだ」というのが同社の主張である。
従業員の行動を数値で把握するという発想は珍しいものではないが(製造ラインの作業員やノルマ制の営業員などにとっては当たり前の話だろう)、ホワイトカラーを対象にしていること、またSaaS型で実現されるサービスであることがe22 Alloyのユニークな点である。コーヒー片手にパワーポイントと格闘するのが仕事だという人であっても、彼らのサービスとは無縁でいられない。ある日会社に出てきたら、急に行動測定の対象になっていた、などという状況が起こりうるわけだ。
e22 Alloyは彼らのサービスを通じて、組織の本当の姿が明らかになり、何らかの改革を行う際にも事実に基づいた決断が下せるようになると主張している。確かにデータ分析が持つ力は様々な分野で実証されつつあり、従業員の行動測定というアイデアにも可能性は十分にあるだろう(あとはどこまで正確な評価ロジックを構築できるかという話である)。しかし問題は、分析対象となる従業員が否定的な感情を抱きかねないという点だ。消費者の行動分析に対しても活発な問題提起がなされている状況で、こうした発想がどこまで受け入れられるのか。どんなに慎重に導入しても、「ビッグブラザー」という印象を与えるリスクは避けられないだろう。
e22 Alloyはこの問題について、これまでサービス導入を行ってきた経験から、批判を避けるためのアドバイスとして3つの対応を挙げた。
第一の対応は、ウェブサービスで一般的な「プライバシー設定」を従業員に対しても認めるというものだ。つまり自分の行動データの公開範囲を自ら設定可能にすることで、従業員が望む範囲でのデータ収集であることを担保するわけである。第二の対応は、分析目的の明確化だ。これも消費者の個人情報を収集する際には、その利用目的を明らかにするという対応が取られていることと比較して考えることができるだろう。例えば「集めたデータは職場全体としての改善計画に反映させるだけで、個人評価には使用しない」などの意図を従業員に伝えることで、彼らが感じる不安を和らげるわけだ。そして第三の対応が、行動分析の価値の訴求である。職場環境が改善される、チームとしての生産性が上がるといった形で、従業員自身にもメリットがある話であることを訴えれば、抵抗感が和らぐことが期待できる。これらの対応を徹底することで「ビッグブラザー」批判は解消される、とe22 Alloyは主張している。
確かにデータ収集の意図を説明する、メリットを強調するといった対応を取ることで、不安感の解消に一定の効果があるだろう。しかし職場という有形無形の圧力がかかりやすい環境で、一人だけデータ収集に反対し、プライバシーレベルを上げるような行動が果たしてどこまで可能だろうか。またどのようなデータが収集されているかを明らかにすること、つまり分析のアルゴリズムを(一部とはいえ)明らかにすることは、その裏をかく行動が取られるリスクを高めてしまう。まるで「社内ステマ」のような行為が横行する恐れについても考えざるを得ないだろう。
一方で、企業にとって組織改革というものが重要なテーマであることも事実だ。これまでこの分野では様々な理論が試され、そして失敗してきた。データに基づく対応という発想に、救いの光を見る経営者も多いだろう。メリットとデメリットをどこでバランスさせれば良いのか、その見極めが確立されるかどうかで、従業員分析サービスの将来が決まるのかもしれない。
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