以前WIREDでA/Bテストに関する非常に面白い記事が掲載されていて、それを書かれたBrian Christianという方が'The Most Human Human: What Talking with Computers Teaches Us About What It Means to Be Alive'という本を最近出版していたことを知り、アマゾンで取り寄せて読んでいました。学部でコンピューターサイエンスと哲学を専攻し、修士で詩を専攻していたという人物だけあって、彼の文章は無駄に難解……もとい格調高いもの。というわけで、読み終えるのに非常に時間がかかった上に、たぶん50%ぐらいしか内容を理解できていません。
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しかし非常に面白い、刺激される内容でしたので、日本語で出版されたらもう一度読み返したいな……と思ってたらもう出てました!
機械より人間らしくなれるか?: AIとの対話が、人間でいることの意味を教えてくれる ブライアン クリスチャン Brian Christian 草思社 2012-05-24 売り上げランキング : 63983 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
しかも内藤順さんが既に素晴らしい書評を書かれてる!
■ 『機械より人間らしくなれるか?』 -人間らしさの測り方 (HONZ)
ということで、立派な書評を書くことはスッパリあきらめて、斜め上の感想を書いておきたいと思います。
以前読んで記憶に残っている本に、『フィロソフィア・ロボティカ ~人間に近づくロボットに近づく人間~』というものがあります。
フィロソフィア・ロボティカ ~人間に近づくロボットに近づく人間~ 櫻井 圭記 毎日コミュニケーションズ 2007-07-07 売り上げランキング : 439905 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
プロダクション I.Gで『攻殻機動隊 S.A.C. 2nd GIG』および『攻殻機動隊 S.A.C. Solid State Society』の脚本に参加された櫻井圭記さんによる一冊。ブログでも何度か取り上げているのですが、いま見たら絶版になってる……好きな本なんだけどなぁ。
ともあれ、『フィロソフィア・ロボティカ』の副題にある「人間に近づくロボットに近づく人間」という一説が非常に気になっていて、それ以来「人間とロボットはほぼ同心円と言えるほど重なり合っていて、ほんの僅かな差しかなくなりつつあるのではないか?」という思いを強くしていました。仮にそうであれば、「ロボットを知ろう、ロボットと人間の違いを考えよう」という試みは、そのまま「人間とは何か」という問いとして私たちに跳ね返ってくることになります。
3年前に書いた記事でも引用したのですが、同書のこんな一説を引用しておきましょう:
我々はつい「どれくらいもう人間に近づけたのか」ではなくて「どれくらいまだ人間に近づけていないのか」という意識で状況を判断し、安心を得ているのである。
ロボットがどこまで人間に近づけるだろうか。ロボットに魂(知能)が宿ることがあるのだろうか、というクリシェは、我々はそもそも魂(知能)を持っているのだろうか、という問いにダイレクトに跳ね返ってくる。ちょうど『攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX』に登場するロボットであるタチコマの「ロボットであるボクらにゴーストが宿ることがあるのか」という問いが、映画『GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊』の草薙素子の「人間である私にはそもそもゴーストがあるのか」という問いと、反転した関係を成していたように。
本題に戻って、'The Most Human Human'、あるいは『機械より人間らしくなれるか?』の話。本書は著者であるBrian Christianさんが、チューリング・テストのコンテストであるローブナー賞に人間のプレーヤー(つまり機械と同様にジャッジとのチャットを行う役割)として参加した時の体験を基に書かれています。
彼は会話ロボットを作る側ではないので、別に「人間らしいロボットを作るにはどうしたら良いか?」を考える必要はないのですが、ローブナー賞に設定されている別の賞を狙いにいきます。それが「最も人間らしい人間(The Most Human Human)賞」。人間のプレーヤーの中で、最も多くのジャッジから「人間である」という判断を受けた人に贈られる賞で、彼はこれを獲得するために「どんな会話をすれば本当に人間だと思ってもらえるか(つまりどんな会話が人間にしかできないか)」を考えようと、言語学者や法律家、詩人など専門家へのリサーチを開始します。
ところが――リサーチを通じてより強く意識されるのは、ここでも「人間とロボットの遠さ」ではなく「人間とロボットの近さ」の方。例えばパターン化された会話しかできないのがロボットだとすれば、コールセンターのオペレータなどは非常にロボットに近い存在だと言えますし(だからこそ最近ウェブサイトで「バーチャルオペレーター」的な機能が導入されているとも考えられるでしょう)、「最近どう?」「まぁまぁかな」的な定型化された会話を行っている時間は、人間らしいとは言えないということになります。
またセラピーのように、悩みを本当に解決するということよりも、自分の悩みを聞いてもらう方が重要になる場合はどうでしょうか。単に「うんうん」と相槌を打ちながら話を聞いてもらうだけで(つまり発言の内容に対してスペシフィックな返答を返してもらわなくても)、ずっと心が楽になったという話はよく聞きますし、実際に本書でも簡単な返答でセラピー効果を上げた会話ロボットの事例が登場します。それ以前に会話抜きでセラピーロボットとして活躍している「パロ」のような例もありますし、コミュニケーションの目的次第では、人間とロボットの境界線は既に無くなっていると言えるでしょう。
その証拠に、チューリング・テストという「相手がロボットかどうかを疑ってかかる」という非常に非常に特殊な状況の外では、ロボットと気づかないで会話を続けるというケースが既に発生しています。最たる例がこちら:
■ twitterでずっと仲良くしていた人がbotだった (Cheshire Life)
とにもかくにもプログラムと仲良くなるという貴重な体験が出来たことはとても幸せなことだ。
こうした例を見ても、会話は既に人間だけが独占しているものではなく、少なくとも人間とロボットが共有するものになっていると言えるでしょう。'The Most Human Human'も、副題で"What Talking with Computers Teaches Us About What It Means to Be Alive"(コンピューターとの会話が「生きるとはどういうことか」を教えてくれる)と言い切ってしまっていて、実は「コンピューターは会話できるか」ではなく「私たちはどういう存在なのか」という方が問題として意識されていたりします。
さらに今後、ビッグデータや機械学習といったテーマが進化することで「人間よりコンピュータの方が優れている思考形式」の方も意識されるようになれば、ますます「では人間はなにをすべきなのか」というテーマが重要になることでしょう。その意味で、本書は議論に決着をつける本ではなく、むしろこれから繰り返されることになるであろう議論の先鞭をつける一冊であるように感じています。ともあれ非常に好奇心を刺激される一冊でしたので、割り切れる本ばかりで飽き飽きしているという方は是非!
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