ブロントサウルス?あぁ、アパトサウルスの若い個体に間違って付けられた名前でしょ。恐竜に詳しい人なら、ブロントサウルスって呼び方はしないよ――
と思ったあなた、こちらのニュースをどうぞ:
■ 「ブロントサウルス」は、やっぱりいる!(WIRED.jp)
ブロントサウルス(雷竜)はこれまで、正式な種ではなくアパトサウルスの若い個体として分類されていた。しかし新たな標本研究と統計学的解析の結果、独自の属に分類される可能性があるとの研究結果が発表された。
ということで、ある年齢以上の方々(含む自分)には非常に懐かしい「ブロントサウルス」が復活するかもしれないとのこと。個人的にもブロントサウルスという言葉の響きには「いかにも恐竜」と感じさせるものがあるので、嬉しいところです。
1879年に新種として発表されたブロントサウルスは、1903年の論文で「アパトサウルスの若い個体に過ぎない」として否定され、正式には使われなくなります。しかし「雷竜」を意味する言葉の響きが良かったためか、あるいは単なる惰性(もしくは展示物を修正するのは手間がかかるという博物館の怠慢)なのか、「ブロントサウルス」という呼び名は一般の間で使い続けられました。それでも何度かの恐竜ブーム、そしてネット社会の到来によって「ブロントサウルスw アパトサウルスが正しいんですけどww」という風潮が生まれ、徐々に使われなくなってきていたわけですが、「やっぱり別の種類でした」となるかもしれないと。
考古学や歴史学などに共通する性質ではありますが、恐竜学もこれまで「正しい」とされてきた知識が次々に塗り替えられていく世界です。過去を研究する学問なのだから、子供の頃に習ったことを息子や娘に話しても大丈夫だろう、などというのは禁物。知らぬ間に恐竜はしっぽを引きずらなくなり、絶滅の主因は隕石の落下であるという説が最有力となり、そもそも絶滅はしておらず鳥類が恐竜の子孫であるという説明が行われる時代になっています。
このくらいは当然聞いていたよという方が多いでしょうが、それでは映画『ジュラシック・パーク』に登場するヴェロキラプトルは、実際にはより大きな別の種「ディノニクス」を描いているというのはどうでしょうか(本当の「ヴェロキラプトル」は七面鳥程度の大きさとのこと)?そのディノニクスが群れで狩りをしたというのも定説ではなく、単に死肉に群がっているところが化石化した可能性もあるというのは?そもそも「この特徴があったから恐竜は繁栄した」という、恐竜の定義にも関わる様々な特徴が他の古生物に見られるようになっており、「恐竜とは何か」という根本的な問いが曖昧なままであるという点は?
ということで、そんな恐竜学の最前線を知ることができるのが、『愛しのブロントサウルス―最新科学で生まれ変わる恐竜たち』です。
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前述の通り、過去を学ぶとはいえ、恐竜学は移り変わりの激しい分野です。従って新しい本であれば、何かしら発見が含まれているものですが、本書の良い点は「なぜ以前の説や一般の間での『定説』が否定され得るのか」「かつての説にはどのような時代的背景が影響しているのか」を丁寧に説明してくれている点です。「新しい化石が見つかったので古い説が覆されました」で済ませることはしていません。恐竜そのものと同じくらい、恐竜を研究する人々や恐竜を愛する人々の側にもドラマがあり、試行錯誤の中で研究が進められていることを垣間見ることができます。
著者のブライアン・スウィーテクさんも、恐竜、中でもブロントサウルスが大好きで、その「消滅」に胸を痛めている一人(本書執筆時点では、冒頭のブロントサウルス復活?というニュースは出ていませんでした)。そうした悲喜こもごも、日進月歩(朝令暮改?)な恐竜学の世界を、非常に楽しく読みやすい文章で表してくれています。本業はサイエンスライターで、ナショナル・ジオグラフィックのウェブマガジンでコラムを執筆しているとのこと。納得。
この夏はいよいよ、映画『ジュラシック・ワールド』が公開されます。そして夏休みといえばお馴染みの恐竜展も、幕張メッセの「メガ恐竜展2015」やパシフィコ横浜の「ヨコハマ恐竜博」など、各地で開催されています。こうした根強い恐竜人気の源泉はどこにあるのでしょうか?ブライアンさんは、エピローグでこんなことを述べています。
アパトサウルスやそのほかの恐竜が死刑執行に猶予をあたえられていたら、僕らの目に恐竜はあれほど特別なものに映らなかっただろう。鳥は恐竜だとわかっていても、その中生代の親類ほどには愛おしく思わない。鳥は身近すぎる。あたりまえすぎる。白亜紀末の大量絶滅を生き延びたさまざまな姿の奇妙な化石哺乳類も同じだ。彼らも恐竜と同じくらい目を瞠るような生きものだが、今日僕らのまわりにいる動物に似すぎている。僕らが恐竜のことを忘れられない大きなわけは、恐竜がほかの何とも違う希有な生きものだからだと僕は思う。あれから6600万年のあいだに、恐竜のような生物は現れていない。絶滅によってあいた大きい穴で僕らと恐竜は引き離され、恐竜は非現実的な生きものになった。
現代のどんな生物にも似ていない巨獣――想像や空想で補わなければならない部分が多いからこそ、自分の理想や憧れを反映できる部分も多く、それが人々を引きつけるのかもしれません。その結果、様々な学説が出てきては上書きされ、自分が慣れ親しんでいた恐竜の姿まで否定されることが起きるわけですが、それも致し方のないことなのでしょう。
そんなわけで、いまの最新科学は恐竜をどんな姿に描いているのか。太古の世界に再び思いを馳せるきっかけとなってくれる一冊、おすすめです。
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