『僕は、誰かがどれくらい賢いか、どれくらい間抜けか、どれくらい善い人か、どれくらい悪い人か、またその時のその人の考えがどんなものか、というようなことを知りたいと思うときには、自分の顔の表情をできるだけ正確にその人の表情と同じようにします。それから、その表情と釣り合うように、または一致するようにして、自分の心や胸に起ってくる考えや気持を知ろうとして待っているんです』
(エドガー・アラン・ポー、『盗まれた手紙』より)
先日"Social Intelligence: The New Science of Human Relationships"の話をしたので、ちょっと続きを。この本でポーの作品が引用されているのですが、それが上記の部分(日本語訳は青空文庫のものを引用しました)。相手が抱いている感情を知りたければ、その表情を真似してみればいい ―― というこの文章、実は科学的な裏付けがあるそうです。
ジェームズ・ランゲ説という学説を聞いたことがないでしょうか。詳しくは、Wikipedia の「情動」の項に解説があるのですが、「悲しいから泣くのではない。泣くから悲しいのだ」というフレーズはご存知かもしれません。普通、顔の表情と感情の因果関係は、「感情」が要因で「表情」が結果と思われています。しかしジェームズ・ランゲ説では「泣いている」という要因が「悲しい」という結果をもたらすのだ、と考えられるわけですね。この説は100%支持されているわけではないそうですが、よく「悲しくても笑顔でいると、不思議と悲しみが軽くなる」などと言いますし、表情はそれと結びつく感情のトリガーとなるようです。
で、この話は「笑顔でいると楽しくなる」というレベルだけでなく、さらに続きがあります。実は人間には、ある表情を目にすると、それを無意識のうちに真似してしまう性質があるのだそう。例えば誰かの笑顔を見ると、自然と口元の筋肉が緩んでしまうのだとか(人間には理性があるので、もちろんそんな「無意識の真似」を抑えることはできますが)。これがジェームズ・ランゲ説と組み合わさると……「笑顔の人を見ると、無意識のうちに笑顔になり、それが楽しい気持ちを呼び起こす」となります。笑顔の人の隣にいたら、なんだか自分も楽しくなった、ということはないですか?実は fMRI(functional magnetic resonance imaging)で人間の脳を観察すると、ある表情を見たときの脳の動きは、その表情に結びつく感情を感じているのと似た動きをする、という研究結果もあるそうです。
"Social Intelligence"には「感情は感染する(emotion is contagious)」という印象的なフレーズが登場するのですが、この言葉は文字通りに捉えてもよさそうです。笑顔は楽しい気持ちの感染源となり、怒り顔は怒りの感染源となる ―― だとすると、昨日のエントリでも書いた通り、楽しい気分で過ごしたいときにはネガティブな人の側には近寄らない方がいいのですね。また自分自身が「怒りの感染源」にならないように、嫌なことがあっても、人前ではなるべく表情に出さない方がいいのかもしれません。ちなみに「表情を真似してしまう」という現象、実物ではなく写真を見た場合でも起きるそうですから、イヤな気分を払いたいときのために「好きな人の笑顔の写真」を常備しておく、なんてのもアリなのかも。
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