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2008/05/20

コメント

leva

宗教的マイノリティーが宗教学校を作ったように、アメリカでは宗教弱者がその価値観を守るためにホームスクリーングをする例がありそうですね。

さて、学校以外のコミュニティですが、果たして学校コミュニティの代替となるか少し気になります。

まず、習い事をしに集まっていると言うことは、例えば大学のサークルに似たような性格・価値観の人が集まるように、ある種内向的で価値観の狭いコミュニティになってしまい、その子の人間観も狭くなってしまわないでしょうか。

また、ホームスクーリングをしている子は、他の子供達からするとマイノリティーで学校に行っていない子と映るわけで、そうした視線が原因でいじめを受けるとまでいかなくとも疎外されてしまうケースもあるのではないかと考えます。

個人的には共同学習の機会が減るなど学習面でも心配はあるのですが、それよりも対人コミュニケーションなど社会的スキルが本当に養えるのかという方が大きいですね。自分からいろんなコミュニティに積極的に首を突っ込むような子供でしたらそこまで心配しなくても良いかもしれませんが。

アキヒト

leva さん、コメントありがとうございます。

仰る通り、米国では宗教的理由からホームスクールという形を選ぶことが『マイクロトレンド』でも指摘されていました。その是非は別にして、法律的な部分が整備されれば、日本でもそういった理由でのホームスクールが増えるかもしれません。

また「学校以外のコミュニティが代替となるのか?」という懸念についても同意です。特に

> また、ホームスクーリングをしている子は、
> 他の子供達からするとマイノリティーで学校に
> 行っていない子と映るわけで、そうした視線が
> 原因でいじめを受けるとまでいかなくとも疎外
> されてしまうケースもあるのではないかと
> 考えます。

この部分には注意しなければならないと思います。詳しくは以下の記事で書きましたが:

http://akihitok.typepad.jp/blog/2008/05/post-67b6.html

日本は特に、共通体験のない相手を理解するのに不慣れな面があると思います。ホームスクールが解禁されたとしても、当分の間は「義務教育を受けなかった」ことが差別や偏見の理由となることが続いてしまうのではないでしょうか。

ゆうたん

>ある種内向的で価値観の狭いコミュニティになってしまい、その子の人間観も狭くなってしまわないでしょうか。

それは私立の学校も同じですよ。今の私立は偏差値で輪切りにしていて、同じ程度の偏差値の子だけが集められています。その世界はすごく偏狭です。むしろ、ホームスクールのほうが、ペーパーテストにこだわらず、いろんな子を集めるから、人間教育の点で優れているのではないでしょうか。

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