軍隊も「情報洪水」に悩まされている――「情報戦」などという言葉もあるくらいですから、考えてみれば当然の話なのですが。それでは実際に軍隊がどのような状況に直面しているのか、New York Times紙で興味深いレポートが掲載されています:
■ In New Military, Data Overload Can Be Deadly (New York Times)
まずは、最新の情報テクノロジーを駆使する兵士の姿がどんなものか。具体的なイメージを見てみましょう:
At the Langley center, officially called Distributed Common Ground System-1, heavy multitasking is a daily routine for people like Josh, a 25-year-old first lieutenant (for security reasons, the Air Force would not release his full name). For 12 hours a day, he monitors an avalanche of images on 10 overhead television screens. They deliver what Josh and his colleagues have nicknamed “Death TV” — live video streams from drones above Afghanistan showing Taliban movements, suspected insurgent safehouses and American combat units headed into battle.
As he watches, Josh uses a classified instant-messaging system showing as many as 30 different chats with commanders at the front, troops in combat and headquarters at the rear. And he is hearing the voice of a pilot at the controls of a U-2 spy plane high in the stratosphere.
“I’ll have a phone in one ear, talking to a pilot on the headset in the other ear, typing in chat at the same time and watching screens,” Josh says. “It’s intense.”
ラングレー空軍基地の中にあるセンター(公式にはDistributed Common Ground System-1と呼ばれている)では、重度のマルチタスクが日常となっている。25歳の中尉であるJoshもそんな生活を送る一人だ(保安上の理由から、米空軍はフルネームを開示しなかった)。彼は1日12時間、10台のスクリーンからあふれ出す大量の映像を監視しなければならない。Joshと彼の同僚は、この映像に「死のテレビ」というあだ名をつけている。スクリーンに表示されるのは、アフガニスタン上空を飛ぶ無人機からのライブ映像で、タリバンの動きや反政府グループの隠れ家、戦闘に向かう米軍部隊などが映し出される。
スクリーンを見ながら、Joshは機密の守られたインスタントメッセージシステムを使用する。同システムは30人まで同時にチャットすることが可能であり、最前線の司令官や、戦闘中の兵士、後方の司令部などとコミュニケーションを行う。さらに成層圏を飛行するU-2偵察機のパイロットの声も聞かなければならない。
「電話を片方の耳に当て、別の耳に当てたヘッドセットでパイロットと会話し、チャットに文字を入力するということを同時に行わなければなりません。しかもスクリーンを見ながら」とJoshは語る。「非常に厳しい環境です。」
とのこと。情報が絶え間なく流れ込む端末が複数存在し、それを使ってマルチタスク作業をこなさなければならないわけですね。一説によれば、9.11のテロ事件以降、無人機など新たなシステムの導入によって、軍に流れ込む情報量は1,600%にまで増加したのだとか。こうした情報を処理するのはJoshのような司令部勤務の兵士だけでなく、最前線の兵士も同様であり、様々な携帯端末を通じて情報が送られてくるのだそうです(少し話はずれますが、DARPAはリアルタイムで兵士の身体・心理状態を把握するシステムまで検討しているそうですから、情報提供端末の導入などもはや当たり前の話なのでしょう)。
問題はこの情報洪水がミスを招くこと、そして軍隊では1つのミスが重大な結果につながること、です。普通の会社であれば、平社員がミスをしても上長のクビが飛ぶぐらいで済みます(それも重大な結果には違いないのですが)。しかし戦闘の最中に、あってはならない見落としがあったら……誤爆や誤射によって無関係な市民が巻き込まれたり、友軍の兵士に被害が出る可能性があるわけですね。
さらに問題を複雑にしている要素として紹介されているのが、「マルチタスク世代」の集中力の無さ。これは『リアルタイムウェブ-「なう」の時代』でも触れましたが、様々な研究から「人間はマルチタスク環境に長く置かれると、1つの作業に長時間集中したり、無関係な情報をシャットアウトすることが難しくなる」という傾向があることが明らかになっています。しかし若い世代にとっては、様々な情報端末を駆使し、マルチタスクを行うのは普通のこと。そしてそんな世代が、兵士の大部分を構成するようになったら……
For the soldier who has been using computers and phones all his life, “multitasking might actually have negative effects,” said Michael Barnes, research psychologist at the Army Research Lab at Aberdeen, Md., citing several university studies on the subject.
In tests at a base in Orlando, Mr. Barnes’s group has found that when soldiers operate a tank while monitoring remote video feeds, they often fail to see targets right around them.
Mr. Barnes said soldiers could be trained to use new technology, “but we’re not going to improve the neurological capability.”
Michael Barnes(メリーランド州アバディーンにある陸軍研究所所属の心理学者)は、いくつかの研究結果を引用し、これまでコンピュータや携帯電話をずっと使ってきた兵士達にとっては、「マルチタスクは悪影響を与える恐れがある」と指摘した。
Barnesはオーランドの基地で行われた実験を通じて、遠隔ビデオ映像を見ながら戦車を操縦している兵士は、彼らの直近にある目標を見失ってしまう傾向があることを発見した。
兵士はトレーニングによって、新しいテクノロジーを使いこなせるようになるかもしれないが、「精神面の素質まで改善できるわけではない」とBarnesは述べている。
と、実際に集中力の途切れが、作戦行動に影響する可能性が指摘されています。なら操縦に専念させればいいじゃん、と思いたくなりますが、前述のように全兵士が情報洪水に襲われているような状況ではそうもいかないのでしょうね。
だからといって、情報量の差が生死を分けるような時代に、情報技術を排除するわけにもいきません。その点は米軍もよく理解しており、ならば情報を制限するのではなく、兵士に再び集中力を取り戻させれば良いのではというアプローチが検討されていることが紹介されています:
The military is trying novel approaches to helping soldiers focus. At an Army base on Oahu, Hawaii, researchers are training soldiers’ brains with a program called “mindfulness-based mind fitness training.” It asks soldiers to concentrate on a part of their body, the feeling of a foot on the floor or of sitting on a chair, and then move to another focus, like listening to the hum of the air-conditioner or passing cars.
“The whole question we’re asking is whether we can rewire the functioning of the attention system through mindfulness,” said one of the researchers, Elizabeth A. Stanley, an assistant professor of security studies at Georgetown University. Recently she received financing to bring the training to a Marine base, and preliminary results from a related pilot study she did with Amishi Jha, a neuroscientist at the University of Miami, found that it helped Marines to focus.
軍は兵士が集中力を高められるよう、新たなアプローチを試している。ハワイ・オアフ島にある陸軍基地では、研究者らが「集中による精神鍛錬トレーニング(mindfulness-based mind fitness training)」と呼ぶプログラムによって、兵士の脳を鍛えようとしている。このプログラムでは、兵士は自分の身体の一部、床に立つ感触やイスに座る感触などに意識を集中し、次にエアコンの作動音やクルマの往来に耳を傾けるなど、別の部分に意識を移動させる。
研究者の一人であり、ジョージタウン大学の防衛研究准教授であるElizabeth A. Stanleyは、「ここで問題になっているのは、意図的な集中によって、注意力というシステムの機能を再構成できるかどうかという点です」と語る。彼女は最近、トレーニングを海軍基地で実施するための資金を得ており、マイアミ大学の神経科学者であるAmishi Jhaと行ったパイロット研究の結果、海兵隊員に対して効果があることが認められた。
そしてもう1つ、逆にマルチタスク世代に合わせたトレーニング法を考えようというアプローチも:
As part of the updated basic training regimen, recruits are actually forced into information overload — for example, testing first aid skills while running an obstacle course.
“It’s the way this generation learns,” said Lt. Gen. Mark P. Hertling, who oversees initial training for every soldier. “It’s a multitasking generation. So if they’re multitasking and combining things, that’s the way we should be training.”
基本トレーニング計画の一環として、新兵らは実際に情報過多の状況(例えば障害物コースを走りながら応急処置技術をテストされるなど)に置かれる。
全兵士が受ける初期トレーニングを監督するMark P. Hertlin中将は、次のように述べる。「これがこの世代の学び方なのです。彼らはマルチタスク世代。彼らがマルチタスクをこなし、何かを同時に行おうとしているのであれば、トレーニングもその姿勢に合わせるべきです。
状況を改善しようというアプローチと、状況に合わせようというアプローチ。2つの側面から、情報洪水に直面するマルチタスク世代の兵士を扱おうとしているわけですね。
繰り返しになりますが、こうした状況は程度の差はあれ、普通の企業も今日直面しつつあるものです。これまでの技術革新の歴史をみれば、いずれは米軍で開発された「情報洪水とマルチタスク脳を両立させる技術」が、一般企業にも転用されるなんて可能性は小さくないのかもしれません。とりあえず目を閉じて、床に接する足の感覚に集中し、今度はその集中を隣の人のタイプ音に移動させてみますか……あ、その前に真面目に仕事する方が先ですね。
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