「死の谷」論
今朝の日経産業新聞に、R&D成果の事業化に関する理論の話が掲載されていました:
住友電工流の技術経営 R&Dの障害「死の谷」越えろ(日経産業新聞2006年2月14日第22面)
不勉強で「死の谷」という単語は初見だったのですが、MOTに関する理論で、簡単にまとめると以下のようになります:
- 企業の研究開発(R&D)結果のすべてが事業化に成功するわけではなく、R&D活動と事業化の間には3つの障害が存在する。
- 研究開発イノベーションのプロセスは①研究(シーズの創出)→②開発(特許取得、製造技術確立)→③事業化(応用製品開発、市場投入、量産化)→④産業化(市場拡大、他社との提携、OEM供給)、の4段階に分けられる。
- ①研究と②開発の間にある障害が「魔の川」。
- ②開発と③事業化の間にある障害が「死の谷」。開発と実用化の中間段階で事業化の見極めが難しく、資金不足などで研究成果が死ぬこと。
- ③事業化と④産業化の間にあるのが「ダーウィンの海」。事業化した成果が既存製品や他の技術と激しく競い合う「淘汰の環境」。
研究開発イノベーションのプロセス、「死の谷」「ダーウィンの海」といった考え方については、次の書籍にまとめられているそうです:
出川通 『最新MOT(技術経営)がよーくわかる本―技術者と企業のための実践マニュアル』
また以下のブログ記事も参考にさせていただきました:
「最新MOT(技術経営)がよーくわかる本」を読んで(shiba blog)
日経産業新聞の記事は、この「死の谷」を切り抜けるため、住友電工が様々な改革を実施しているという内容でした。
WEBサービスに「死の谷」は無いのか
「死の谷」論は従来型のR&Dを念頭に置いて考えられたものですが、WEBアプリケーション/サービスにもこの考え方を当てはまることができるのでしょうか。
Web 2.0で「永遠のベータ」というキーワードが出てくるように、最近のWEBアプリケーション/サービスは①研究から③事業化へ一足飛びに行っているように見えます。別の見方をすれば、①研究から③事業化までのプロセスがグルグルと回っている、もしくは明確な区別無く行われているような状態と言えるように思います。果たして「死の谷」はWEBアプリケーション/サービスの分野には存在しないのでしょうか?
前述の通り、日経産業新聞では死の谷を「開発と実用化の中間段階で事業化の見極めが難しく、資金不足などで研究成果が死ぬこと」と定義しています。この定義から考えると、WEBアプリ/サービスにおいては「見極め」無しに事業化が行われている、と言えるのではないでしょうか。つまり事業化のコストが格段に安くなっているために、「とりあえず製品/サービス化して市場に出してみよう、ダメなら引っ込めればいいや(orユーザーの声を元に開発し直せばいいや)」という心理が働いている状態だと思います。であれば、事業化のメドがつかずにR&D成果が死んでいくという「死の谷」はWEBアプリ/サービスにおいては存在しない、と言えるかもしれません。
しかし事業化が容易だからと言って、優れたアプリ/サービスを生み出せるという保証はないでしょう。トライ&エラーを繰り返しているうちにゴールに到達する可能性もありますが、逆に道に迷って永遠にトライ&エラーを続け、最後には死んでしまう--という状況も考えられます。最近のWEBビジネスにおける研究開発イノベーションにおいては、「死の谷」ではなく「死の迷宮」がある、と表現できるのではないでしょうか。
「製品/サービスのタネをいきなり『ダーウィンの海』に投げ込み、生き残ったものを育てる」といったポリシーでもなければ、「死の迷宮」を通ることが必ず必要になります。迷宮を通り抜けるための様々なテクニックが存在すると思いますが、重要なのは「事業化」というゴールを常に意識することではないでしょうか。それが欠如したとき、開発された商品/サービスは永遠にさまよい続けるか、「ダーウィンの海」に入り込んだ瞬間に食い殺される--という結末になるように思います。
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