AMNでご一緒させていただいている湯川鶴章さんから、『次世代マーケティングプラットフォーム 』をご献本いただきました。ありがとうございます。ちょうど仕事ともダブる部分だったので、一気に読了してしまいました。
最初に「はじめに」を読んでいただけると分かると思いますが、本書はよくあるような「Google 最強!」「ネット広告万歳!」という本ではありません:
何人の米国人と話しただろうか、2週間の米国滞在中にいろいろな人と意見交換する中で、少しずつ自分の考えに変化が出始めた。日本に帰国する直前になると、考え方が大幅に変わっていった。今、起ころうとしていることは、オンライン広告の進化というだけの話ではない。オンライン広告がマス広告を凌駕するどころの話ではない。もはや「Google vs. 電通」の図式などどうでもよい。これは、広告業界だけでは完結しない、もっともっと大きな話なのだ。
そして湯川さんは、もう8割方書き終えていた原稿をいったん捨て、一から書き下ろして本書を完成させたとのこと。そして至ったのが以下の結論。少し長いですが、本書の核心部分がまとめられている(と個人的に感じている)部分ですので、引用してみたいと思います:
PCウェブではマーケティングプラットフォーム、すなわち、オンラインでつながったさまざまなサービスを組み合わせ、デジタル化したユーザー情報を利用してきめ細かなサービスを提供する仕組みが形成されつつあると述べた。しかし、それはまだデジタルサイネージやモバイルの世界にまでは拡大されていない。つまり、デジタルサイネージとモバイルの両領域は、先行する少数のプレーヤーが牛耳る世界だ。デジタルサイネージでいえば、古くから看板広告を取り扱っていた広告会社、モバイルでいえば通信キャリアに影響力が集中している。
彼らがウェブ解析などのPCウェブのテクノロジーを導入していくのか、あるいは逆にPCウェブの領域のプレーヤーがデジタルサイネージやモバイルの領域に進出してくるのか、それはわからない。しかし、マーケティングプラットフォームの効果を広告主が認めるようになれば、必然的にデジタルサイネージ、モバイルの領域でも同様の仕組みが用いられることが期待されるようになるだろう。
そしてPCウェブのマーケティングプラットフォームは、デジタルサイネージ、モバイルともつながっていく。ビル・ゲイツ氏が予測する「経済のリワイヤリング」が進んでいくのだと思われる。リワイヤリングされるのは広告だけではない。ネットワークを通じて消費者のリアルタイムデータを利用して商品を開発し、ネットワークを通じて消費者とコミュニケーションを続け、ネットワークを通じて商品を販売し、ネットワークを通じてアフターケアする。企業活動の大半の部分の形が変わろうとしているわけだ。
ということで、これが本書のタイトルを「次世代広告」ではなく「次世代マーケティングプラットフォーム」にした理由なわけですね。
これまでネットを活用した広告/マーケティングというと、先進的な企業を除いて、それだけがポカッと浮いているような格好でした。例えば「ビジネスブログを開設しました」「バイラルビデオを YouTube にアップしました」「検索連動型広告に出稿しました」という感じですね。当然ながらそれでは、いくら新しいテクノロジーとはいえ「広告を出す場所が1つ増えました」程度のインパクトに留まり、革命的な効果を発揮することはありません。しかしネット上の各種広告/マーケティングサービスが他のウェブサービス、さらには企業システムと連携するようになることで(さらに言えば、オンラインでけでなくオフラインとの連携も進むことで)、企業におけるマーケティングのあり方はまったく新しいものへと進化する――それがまさしくマーケティング「プラットフォーム」の形成である、と。
個人的にも、「テクノロジーの進化がオンラインマーケティング活動の連携+オンライン/オフライン間(もしくはリアル/バーチャル間)の連携に帰結する」というのは必然だと思います。湯川さんも指摘されていますが、いまこの分野でコンサルティングというと、1つのテクノロジーをスタンドアロン型で導入する(ex. ビジネスブログを始める)お手伝いをするなどということはあまりなく、それとマーケティング戦略をどう結びつけるか・結びつけたうえで戦略全体をどう進化させるか、という点をサポートすることの方が重要になっています。既に SOA ならぬ WOA(Web-Oriented Architecture)などという言葉まで登場していますが、抜け目ないコンサルティング業界が適当なバズワードをブチ挙げて、企業が次世代マーケティングプラットフォーム形成へと進むことをさらに加速させていく(成功するかどうかは置いといて)のではないでしょうか。
ただ懸念というか、その際に障壁となるのは、当然ながらプライバシーの問題です。ちょうど昨日も「行動ターゲティング広告はどこまで許されるのか」なんて記事が出ていましたが、誰だって「道を歩いているとデジタルサイネージが自分の名前を呼びかけてきて、昨日買った服の着心地を聞いてくる」などという『マイノリティ・リポート』的世界が到来することは望んでいないでしょうあの映画は当然その辺を誇張してあるわけですが、しかし Google のストリートビュー問題などを見ていると、プライバシー侵害に対する警戒感は予想以上に強いのではないかと思います。
プライバシー問題は、いわば銀行預金と同じようなものである。銀行に預けるのとタンスの中にお金を隠しておくのでは、どちらがいいかという問題と似ていると思う。
銀行に倒産や詐欺の心配がなく、セキュリティ面でも厳重だとすると、預金することによって利子というメリットも得られるので、多くの人は銀行に預金する。しかし、もし銀行がいつ倒産するかもしれないし、しかも利率が非常に低いとなれば、人々はタンス預金を始めるだろう。
消費者のプライバシー情報が、三河屋さん的マーケティングプラットフォームを作る上で、非常に重要な要素であることはこれまで見てきたとおりだ。そのプライバシー情報を消費者自らに提供してもらうためには、信頼される企業にならなくてはならない。人間関係と同じで、まずは信頼に足る企業になることだ。その上で、どのようにして信頼関係を勝ち取っていくのか、というコミュニケーションしかない。
と湯川さんは分析していまるのですが、プライバシー問題を銀行預金に喩えるのはちょっと無理があるのではないでしょうか。銀行預金は「利子というメリットを享受する」から利用するというよりも、「お金を家に置いておくと盗まれてしまう恐れがある」から利用する、という側面もあるはずです(特に低金利時代が続いている日本では)。その点、プライバシーは隠しておけば絶対に盗まれることはない(隠しておけないプライバシーは他者にあずけることは不可能)ですし、わざわざ他者にあずけてリスクを増やすという行為を行ってもらうには、相当なメリットを事前に認識させなければなりません。その上で「個人情報を渡しても他に流出することはない」という信頼感を持ってもらわなければならないのですから、特に「Google?Gmail?何それ?」と言うような大部分の日本人にとっては、ハードルは非常に高いと言わざるを得ないでしょう。さらに上記のような「マーケティングプラットフォーム」の世界では、個人情報が複数の企業間を流通することになるはずです。となれば、それに参加する企業すべてが消費者の信頼感を勝ち取らなければなりません。
いつかはプライバシー問題に折り合いがつき、人々はある程度自分のプライバシーを犠牲にしながら、それによって得られるメリットを享受するようになると思います。しかしストリートビュー問題を見ていると、人々の意識の変化・企業の倫理観の確立というどちらの面でも、まだまだ先行きが長いなぁという感じがします(あの Google ですらこの対応ですからねぇ)。ということで、社会的な側面からはまだまだ「次世代マーケティングプラットフォーム」の実現には紆余曲折があると思いますが。テクノロジーの進歩が当然目指すことになる未来を推測するには、最適の一冊であると思います。
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