最近も弾さんのエントリで取り上げられていた『不透明な時代を見抜く「統計思考力」』が話題になったように、「数字を読む力」の重要性は繰り返し指摘され、その度に「そうだよねー」という反応が起こりますよね。確かにそれはその通りで、統計等を学ぶのは非常に大切だと思うのですが、もう1つ忘れてならないのは「数字の文脈に気をつける」ということではないでしょうか。
例えば、
■ 新型インフル、国内の感染者341人に 増加ペースは鈍化 (NIKKEI NET)
新型インフルエンザに感染したことが確認された患者は24日、大阪府で1人、兵庫県で2人増えた。国内の感染者は検疫段階の5人と合わせて、7都府県で計341人で、増加のペースは鈍化した。
という数字はどう読むべきなのでしょうか。数字だけ見れば、「日経の言う通り。感染のペースは弱まってきており、もう騒ぐ必要はない」とも考えられるのですが……
- そもそも日本はインフルエンザのチェック体制がきちっとしているので、他国に比べて感染者の数が大きく出やすい。それを踏まえた上で341人という数字を見れば、そもそも騒ぎすぎではないか。
- そもそも日本人はちょっとした風邪でも医者にかかる国民なので、他国に比べて感染者の数が大きく出やすい。それを踏まえた上で341人という数字を見れば、そもそも騒ぎすぎではないか。
- 「感染者」はあくまでも厚労省が把握した数字。批判されるのを恐れて「わざと病院にいかない」個人や、「わざと検査を正しく行わない」検査機関がいるはずだ。それを踏まえた上で341人という数字を見れば、まだまだ油断はできない。
- 「感染者」はあくまでも症状を発症した人の数。実際にはこの数倍「潜在感染者」がいるはずだ。厚労省は批判を避けるため、「感染者」でカウントしたいのだろうが、「潜在感染者」に基づいて対策を議論すべき。
などなど、文脈が違えば引き出される結論も大きく異なってきます(ちなみに上記の例は、僕が実際にメディアやネット上で目にしたものです)。実はこの「どんな文脈に置くか」「その文脈が事実であるとどうやって証明するか」を考える方がやっかいで、それさえ定まれば数字の計算はすぐに済む(あるいは数字に強い人やPCに任せてしまう)ということがありますよね。
ちょうど今日、日経ビジネスオンラインでこんな記事がありました:
■ 「豚インフル騒動」でトクするのは誰か? (日経ビジネスオンライン)
以下、3ページ目からの引用です:
疫学情報というのは厄介な側面があります。現実にどれだけ患者が出ていようとも、患者数の統計がなければ、感染者数は「ゼロ」のままにとどまります。また患者の数が増えることによって、金銭的なプラスやマイナスが出ることがあると、数字には様々なバイアスが加わっていきます。「患者数は少ない方がよい」ということになると、情報は隠蔽されがちになりますし、「多い方がよい」ということになると、水増しされてしまいます。
(中略)
数字自体の多寡に一喜一憂することには、私は賛同しかねます。一体どういう団体あるいは個人が弾いた数字なのか、データの基を見たうえで「この数字の情報をココが発信することのメリット、デメリットは?」と考えるのが、賢明な姿勢であるように思います。
個人的にこの箇所に賛成です。実際の世界では、「その文脈が正しいのかどうか」を判断するのはなかなか難しいことです。「検査機関がちゃんと検査していない疑いがある」と言われても、仮に検査の段階でサボタージュが行われていれば、一般人に確認することは不可能でしょう。しかし
「この数字の情報をココが発信することのメリット、デメリットは?」
を考えることで、少なくとも情報を鵜呑みにする前に「ちょっと考え直してみた方が良いかも」と感じることができるようになるのではないかと思います。
ちなみに、上掲の NIKKEI NET の記事が発表されたのは5月24日の19時32分。そのおよそ30時間後、今度は以下のような記事が発表されます:
■ 新型インフル、国内感染は計348人に 九州で初確認 (NIKKEI NET)
新型インフルエンザの国内の感染者は25日、福岡県で30代の米国人男性の感染が確認されるなど検疫段階も含め8都府県で計348人となった。九州では初めての感染確認となった。国内で最初に感染が拡大した神戸市内では3日連続で新たな患者が確認されておらず、流行拡大に歯止めがかかっている。
実は25日に7人感染者が見つかっていたわけですね。それに伴って、「鈍化」という表現が「最初に感染拡大した神戸では患者が増加していない」という表現に変っています。新型インフルエンザがどこまで脅威なのかは正確には分かりませんが、騒動によって経済にダメージが出ているのは事実であり(マスク業者やワクチン業者にとっては特需だけど)、日経としてはあくまでも危機を煽るような書き方はしたくなかったのかも、なんてね。
もう1つ余談ですが、この341人という数字、5月13日現在の日本国内の麻しん患者数(319人)とそれほど変りません。もちろん致死率等の違い(麻しんが0.1~0.2%なのに対して、新型インフルエンザは0.4%程度と見なされているようです)などから一概には比較できないのですが、この文脈から見てもまったく違った結論が導き出せると思います。
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