電気自動車(EV)を産業として後押ししている国というと、日米欧が中心であることは間違いないと思います。しかし今朝の日経産業新聞(2009年6月11日号第9面)によれば、そこにシンガポールが名乗りを上げているとのこと。しかもなかなかユニークな手段を考えているようです。
記事を簡単にまとめてみると、以下のようになります:
- シンガポール政府がEV開発支援に乗り出している。約13億円の助成金制度を設立し、「EV特別委員会」も設立。EV実用化に必要なインフラの整備や、実証実験を支援する予定。
- シンガポールには自動車製造産業はないが、「高層集合住宅の多い発達した都市」という特殊な環境を活かし、EVと関連産業の開発・試験の誘致を狙っている。
- 第1弾としてルノー・日産連合と提携。ルノー・日産はシンガポールのインフラ整備にノウハウと技術を提供する。
- その他、2010~12年の間に自動車メーカーや部品メーカーを複数誘致する予定で、また幅広い種類の充電池・充電ステーション・課金方式を試験する場を提供する。さらに自動車で発電した電気を蓄電し、送電網に送る技術の研究も後押し。
- 「EV市場は、今後の成長可能性が大きい。シンガポールは、この分野で企業のための“生きた実験室”となる」(シンガポール経済開発庁のベー・スワンギン長官)
こんな感じ。EVは単にガソリンが電池に置き換わるというだけの話ではなく、産業や社会の構造を一変させてしまうことが予想されています。つまり自動車本体だけでなく、インフラなどの関連テクノロジーも重要になってくるわけで、シンガポールはそこに目を付けていると。当然ながら「実験室」としての役割だけでも多くのカネとテクノロジーを手にできるでしょうし、それを対外的に輸出するという道も開けてきます。なるほど。
ネット上で日本語での関連記事は見つからなかったのですが、英語で以下の2つが見つかりました:
■ Time to get electric vehicles up to speed (Asiaone Motoring)
この記事によると、実はシンガポールのEV関連の取り組みは古く、1990年代から政府や実業家によって活動が行われてきたとのこと。またシンガポール国内の企業ではないですが、シンガポール生まれの人物が設立した"Advanced Lithium Power"という会社が Fisker Karma 向けリチウム電池を作っているよ、という話も出ています。
■ Renault-Nissan Alliance announces partnership with Singapore Government for Zero-emission Mobility (IEWY News)
こちらは日経産業の記事にも出て来た、ルノー・日産連合とシンガポール政府との提携に関する記事。こんなコメントが登場しています:
“EV development is an exciting new area particularly relevant to the Singapore context. Singapore is well-positioned for the deployment of EVs due to our relative small size, urban environment, robust electrical grid and IT infrastructure,” said Mr Lawrence Wong, Chief Executive, EMA.
「EV開発は、シンガポールの風土に適した素晴らしい分野である。シンガポールの国土は比較的狭く、都市化されており、堅固な送電網とITインフラを備えるなど、EV開発に最適だ」と、EMA(※Energy Market Authority、シンガポールの政府系組織)最高責任者の Lawrence Wong 氏は述べた。
確かにそういえば、シンガポールはITに力を入れていることでも有名でしたね。シリコンバレーでもEV/電力関連ベンチャーが増えているそうですが、似たような立ち位置でEV関連産業を育成することを狙っているのかもしれません。
もちろん単独の技術の優位性という面では、日米欧が圧倒的に優位な位置にいるはずです。しかしそれらをどう組み合わせ、どのような社会システムを構築するかについては、まだまだ定まった答えは出て来ていません。例えば「大都市の充電ステーションはどう運営されるべきか」というノウハウ1つでも、先に経験を積んだ国(ex. 今回のシンガポール)の企業が優位にビジネスを進められるでしょう。あまり適切な例ではないかもしれませんが、政治的混乱からテロに悩まされ続けたインドが「テロ対策」というノウハウを手にし、いまや世界各国から軍・警察関係者がインドに訓練を受けに来るようになっているように(ソースはNHKスペシャル「インドの衝撃」)。
ということで、EVまわりでは意外な国から重要なプレーヤーが飛び出してくるのかもしれません。そういえば「EV本体は安価で提供し、充電インフラ使用料で儲ける」というユニークなビジネスモデルを提唱しているベタープレイスは、CEOがイスラエル人のシャイ・アガシ氏(実は独SAPのCEO候補だったこともある人物)であり、実証実験もイスラエルを始めとした国々で行われています。彼らのビジネスが成功するかどうかは別にして、様々な可能性の萌芽に注目しておかなければいけないのかも。
シンガポールらしいというか、生活圏が狭い地域に集まっているシンガポールならではというか、要注目の試みですね。
組む相手がまた、ハイブリッドカーや電気自動車では出遅れている、ルノー・日産というところにも、思惑を感じます。
発電設備の増強や、対するCO2との絡みが気になります。
投稿情報: 鷹司堂後 | 2009/06/12 16:45