独 Spiegel 誌のサイトに、『ロングテール』改め"FREE"のクリス・アンダーソン氏のインタビューが掲載されています。なかなか面白いので、ちょっとご紹介:
■ 'Maybe Media Will Be a Hobby Rather than a Job' (Spiegel Online)
「メディアは仕事というより趣味になるだろう」というタイトルだけで興味をそそられますが、のっけから飛ばしています:
SPIEGEL: Mr. Anderson, let's talk about the future of journalism.
Anderson: This is going to be a very annoying interview. I don't use the word journalism.
SPIEGEL: Okay, how about newspapers? They are in deep trouble both in the United States and worldwide.
Anderson: Sorry, I don't use the word media. I don't use the word news. I don't think that those words mean anything anymore. They defined publishing in the 20th century. Today, they are a barrier. They are standing in our way, like 'horseless carriage'.
シュピーゲル: アンダーソンさん、ジャーナリズムの将来についてお話させて下さい。
アンダーソン: 困ったインタビューになりそうですね。私はジャーナリズムという言葉は使いません。
シュピーゲル: それでは、新聞ではどうですか?米国だけでなく世界中で危機に陥っていますが。
アンダーソン: すみませんが、私はメディアという言葉も使いません。ニュースという言葉もね。そういった言葉はもはや何の意味も持たないと思います。それは20世紀において「パブリッシュするとは何か」を定めた言葉でした。今となっては、これらの言葉は障壁にしかなっていません。「馬のない馬車」のように、私たちの思考を邪魔しているのです。
「馬のない馬車」という発想の問題点についてはこちらの記事を参考にしていただくとして、とにかくクリス・アンダーソン、のっけから喧嘩腰です(笑)。さらに「新聞なんて重要じゃない」「新聞なんか読まない」「サンフランシスコ・クロニクルが無くなっても気づかないだろう」などという挑発的な発言(そしてそれに対する記者の反論と皮肉)も楽しめるのですが、個人的に核心部分だと感じたところを引用しておきましょう。まずは1ページ目の以下の箇所:
Anderson: If something has happened in the world that's important, I'll hear about it. I heard about the protests in Iran before it was in the papers because the people who I subscribe to on Twitter care about those things.
SPIEGEL: The New York Times, CNN, Reuters and others can publish their best reporting on the Web and you'd never read it?
Anderson: I read lots of articles from mainstream media but I don't go to mainstream media directly to read it. It comes to me, which is really quite common these days. More and more people are choosing social filters for their news rather than professional filters. We're tuning out television news, we're tuning out newspapers. And we still hear about the important stuff, it's just that it's not like this drumbeat of bad news. It's news that matters. I figure by the time something gets to me it's been vetted by those I trust. So the stupid stuff that doesn't matter is not going to get to me.
アンダーソン: もし世界で何か重要なことが起きれば、それを耳にすることでしょう。イランで騒動が起きた際も、新聞が記事にする前に知っていました。Twitter でフォローしている人々が、それについて関心を持っていたからです。
シュピーゲル: ニューヨークタイムズ、CNN、ロイター等の企業が、素晴らしい記事をオンラインで公開しています。それも読まないんですか?
アンダーソン: 主流メディアの記事は数多く読みますが、自分から読みに行くことはしません。最近はごく当たり前のことですが、記事の方からやってくるのです。より多くの人々が、主流メディアというプロの目によるフィルターではなく、ソーシャル・フィルターを通してニュースを選ぶようになってきています。テレビや新聞への注意は減りつつあるのです。重要な出来事は耳に入ってきますが、悪いニュースが繰り返し打ち寄せるような形ではありません。大切なニュースが入ってくるのです。私の手元にニュースが届くとき、それは私が信頼する人々によって精査されたものです。くだらないニュースは、私の元には来ないのです。
それから2ページ目の以下の箇所:
Anderson: In the past, the media was a full-time job. But maybe the media is going to be a part time job. Maybe media won't be a job at all, but will instead be a hobby. There is no law that says that industries have to remain at any given size. Once there were blacksmiths and there were steel workers, but things change. The question is not should journalists have jobs. The question is can people get the information they want, the way they want it? The marketplace will sort this out. If we continue to add value to the Internet we'll find a way to make money. But not everything we do has to make money.
アンダーソン: かつてメディアはフルタイムの仕事でしたが、パートタイムの仕事になりつつあります。仕事ですらなくなり、趣味になってしまうかもしれません。ある業界が何らかのサイズのままでいなければならない、などという法律はありません。昔は鍛冶屋や鉄鋼労働者といった仕事がありましたが、時代は変わりました。ジャーナリストが職業であるべきか否か、が問題なのではありません。問題は、人々が望む情報を、望む形で得られるかどうかという点です。マーケットプレイスがこの問題を解決してくれるでしょう。私たちがネットに付加価値を与え続ければ、お金を稼ぐ方法も見つかることでしょう。しかし私たちの行為すべてがお金を生み出す必要はありません。
どうやらアンダーソンは、仕事としてのジャーナリスト/メディアを「ニュースを選んで人々に届けること」と捉えているようです。従ってそれに変わるようなネットワーク、情報交換の仕組み、そしてそこに参加する多数の人々さえ揃えば「ジャーナリスト/メディアは不要になる」と。もしくは、「多くの人々が趣味レベルで情報流通に参加するだけでも、ソーシャルメディアの仕組みがそれを総合してジャーナリズムをつくる」という意味にも取れるかもしれません。もちろんニュースはそこら辺に落ちているものではなく、ニュースとして流通させるためには加工(証拠を集める・分析する・分かりやすい文章にまとめる etc.)が必要なわけで、その意味でのジャーナリズムが考慮されていないという反論は可能でしょうが。
確かに「メディア」「ジャーナリズム」といった言葉には、限られたごく少数の人々が情報流通の上流を支配するといったイメージがあります。ブログがジャーナリズムに活用されるようになってからも、基本的にはその構造に変化はありません(ジャーナリストの立場にある人物が少し増え、参入障壁が少し下がっただけ)。その意味では、使い古された言葉を使っている限り、新しい時代の「メディア」「ジャーナリズム」を想像・創造することは難しくなってしまうのでしょう(結局アンダーソンも「メディア」って言葉を使ってるけど)。
もちろん Twitter が少し流行したところで、ジャーナリズムというものが突然、ガラッと変化してしまうことはないと思います。またテレビがラジオを駆逐しなかったように、ネットが新聞(紙)を完全に駆逐してしまうこともないでしょう。しかしあえてドラスティックな考え方をすることで見えてくるものもあると思います。その意味で、シュピーゲルの記者にはちょっと冷笑的な態度を改めて欲しかったところです(わざとそのような態度を取っていたのかもしれませんが)。
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