些細なデータの山でも高度な分析を行うことで、女性買い物客の出産予定日まで分かるという時代になっているわけですが、それはとりもなおさずプライバシー侵害への懸念が高まることも意味しています。もちろんプライバシーを守ることは重要な問題であるとはいえ、その対価として得られるものが非常に大きくなる場合にはどう考えるべきなのでしょうか:
■ Bizarre Insights From Big Data (New York Times)
中でこんな話が紹介されています:
A few years ago I was speaking with the founder of an African mobile phone company, called CellTel. He told me that his company realized that they could predict the location of impending massacres in the Congo, because there were spikes in the sale of prepaid phone cards.
At first the company researchers thought that this was because there were more calls around the planning or fleeing of the massacre. In fact, the reason was that the prepaid cards were denominated in dollars, not the local currency. People, sensing impending chaos, wanted to have something valuable they could carry with them that was protected against local inflation.
数年前、CellTelというアフリカの携帯電話キャリアの創業者と会話する機会があった。彼が言うには、CellTelはコンゴで起きようとしていた大量虐殺の場所を予測することができたそうである。というのも、その場所で携帯電話のプリペイドカードの売上が急増したからなのだそうだ。
同社の研究員は当初、売上が増えたのは虐殺の計画やそこからの避難を行うためではないかと考えた。しかし実際には、プリペイドカードは現地通貨ではなく、ドル建てで取引されるという点に理由があった。人々は混乱が起きるのを察知すると、そこから逃げる際に、インフレの影響を受けない金目のものを持っていこうとする傾向にあったのである。
つまりプリペイドカードの売り上げというデータを使うことで、今後虐殺が起きることやその場所を直前に察知できるかもしれないと。もちろんこのケースでは、購入者の属性の大部分を隠したとしても同じ効果が得られるでしょう。しかしある程度属性を含めた形で分析することで、より詳細な情報が手に入る可能性が容易に想像できます。その場合、虐殺防止という非常に大きな価値を実現するために、プライバシー侵害への懸念は脇に置かなければならないのでしょうか。
簡単には結論を出せませんが、1つだけ紹介したいのは、ジョージワシントン大学ロースクールの教授、ダニエル・ソロブ氏が著書"Nothing to Hide"で指摘しているポイントです。彼は「僕には何も後ろめたいことはないから、政府が個人情報を探っても問題はないよ」という考え方に対して、「プライバシー=恥ずかしいもの」という前提を暗黙のうちに置くことになり、危険ではないかと疑問を呈しています。また「社会を脅かす犯罪者を捕まえるためには多少のプライバシー侵害はやむを得ない」という議論についても、同じく暗黙のうちに「プライバシーは『個人の権利』であり、社会全体の価値よりも低い存在」という前提を置くことになり、プライバシー保護の意識を弱めてしまうことにつながると批判しています。今回の虐殺予測のケースは、これと同じ構図が当てはまるのではないでしょうか。つまりそもそも「虐殺かプライバシーか」という二者択一のように考える時点で、プライバシー保護の観点からはマイナスになっているのかもしれません。
ただ「プリペイドカードを買った」などという些細な情報を提供することが、従来の観点で「プライバシー侵害」と言えるのかどうか。そのままなら危険のない情報の場合、情報を受け取った側の能力(つまり高度な分析を行って秘密を暴く能力があるかどうか)に応じてプライバシーが侵害されたかどうかを決めて良いのか、などなど。まだ多くの問題が残されています。「データとプライバシー」というテーマについては、いまようやく議論が始まったに過ぎないと言えるかもしれません。
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