有名な組織研究者の一人であるスタンフォード大学のジェームス・マーチはこんなことを言っている。「『新しいアイデアだ』と言うのは、『私は無知だ』と言うようなものだし、『これまでにないような効果がある』と言うのは、『私は思い上がっている』と言っているようなものだ」。
(“「ブレークスルー」と言われるアイディアや研究に気をつける”、『事実に基づいた経営―なぜ「当たり前」ができないのか?
』63ページより)
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最近は「疑似科学」なんて言葉が普通に使われるようになって、アヤシイ科学はたちまち追いやられてしまう良い環境になっているわけですが、未だに胡散臭い議論が大手を振って歩いている分野があります。それは「経営」。書店の経営書コーナーに行けば、どーでもいい事やてきとーな事を書いた本がそれこそ山のようにありますし、新聞や雑誌でもて囃された「経営のカリスマ」が会見で頭を下げる、なんて光景も珍しくありません。
しかし考えようによっては、「疑似経営科学」を唱えるカリスマがいてくれるおかげで、彼らの言うことを鵜呑みにする大企業経営者を個人が出し抜く、なんてことも可能なわけですね。昨日の議論の続きというわけではありませんが、大企業が気づいていない「成功への道」が世界には意外とあるのだ、ということに気づいてそれをものにするための本を3冊+1冊ほど。
(1) 『事実に基づいた経営』
「ビジネス書にはてきとーなのが多い」とか言っておいて、自分自身ダマされて手にしてしまうことが多いのですが、これは最近買った中で久々のヒット。"No Asshole Rule"(邦題『あなたの職場のイヤな奴 』)や『実行力不全』といった著作のあるロバート・サットン教授が、スタンフォード大学のジェフリー・フェファー教授と組んで書いた「流行りのビジネス手法に踊らされるのは止めようよ」という本です。で、代わりに提唱しているのがタイトルにある「事実に基づいた経営」で、実験や統計データなどから得られる「事実」を拠り所にして経営判断しましょうという内容。そんな当たり前のことがいかに無視されやすく、逆にカリスマやグルなどといった人々の言葉を経営者達がありがたがるかを示した第1部(76ページ分)だけでも必読です。欲を言えば、最後の清水勝彦教授による「訳者あとがき」(4ページ分)も非常に良いので、時間が無い方はぜひ第1部+訳者あとがきを。
(2) 『なぜビジネス書は間違うのか』
で、『事実に基づいた経営』の第1部を拡大したようなのがこの本。ビジネス書にいかに多くの間違いが含まれているか、そしてその理由が何かを解説してくれます。この本については、以前簡単な紹介を書きました:
■ iPhone の大成功を誉める前に『なぜビジネス書は間違うのか』
上のエントリでも書きましたが、これも冒頭の「妄想9ヵ条」を読むだけでも十分。他人が吹聴する「これぞベストプラクティス!」という妄言を見破るときだけでなく、自分自身が他人の成功/失敗から学ぶ際にも役立つテクニックを教えてくれます。
(3) 『分析力を武器とする企業』
「一見もっともらしいアドバイスに惑わされるのではなく、きちんとした事実やデータに基づいて判断しろというのは分かった。それじゃ、具体的にどうすればいいの?」という場合にこちら。文字通り「データ分析」と、それに基づく意志決定を武器としてライバルとの競争に打ち勝っている企業を研究し、自分たちがそうなるにはどうすれば良いかをアドバイスしてくれます。この本についても、以前紹介を書いたことがありました:
このタイトルが全てですが、実は「分析力」そのものが大切なのではない、というのが本書のキモだったりします。もちろん分析力が無くてはお話にならないのですが、データを基に行動しようとすると組織内に様々な軋轢が生まれるものであり、「事実」が明らかであったとしてもそれが正しい行動に結びつくとは限らないわけですね。それを乗り越えれるためにはどんな戦略で臨むべきか、を解説してくれていますので、これからまさに「事実に基づいた経営」を実現したいという場合に必読だと思います。
(おまけの1冊)『マネー・ボール』
これは超有名なので解説の必要はないかもしれませんが、大リーグの球団経営に統計学的手法を取り入れて大成功を収めたビリー・ビーンの物語。「事実に基づいて行動すること」は、決して易しい道ではないけれど、そこを進もうとしない人々を上回ることができるのだということを示してくれます。もちろんビーンのやったことが唯一の成功理論ではないのですが、「事実に基づく経営」あるいは「分析力を武器とする企業」のケーススタディとしてどうぞ。
……ということで、これらの本は「こうすれば成功するよ!」的な内容ではなく、読んだらすぐに答えが手に入るわけではありません。その意味でフラストレーションがたまるかもしれませんが、喩えて言えば「正しい答えの見つけ方」を教えてくれる本です。時代や状況の変化に流されることなく、いつでも有意義なアドバイスをくれると思いますよ。
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