週末なので、いつものように軽いネタで。今朝の読売新聞に、こんな広告が載っていました:
右下に企業名が出ていますが、筆記具製造のPILOTの一面広告。「万年筆は、メールやブログに賛成です。」という挑戦的な一文が。その理由として、こんな解説が添えられています:
親指を操り、一心に手紙を打つ中学生や高校生。そんな姿を、街で見かけるたびに、私たちは、ほほ笑みたくなるのです。時にうれしそうな、時に真剣なその眼差しは、万年筆やペンを手にしている人の眼差しと同じだ、と。思いを言葉にすることを楽しんでいる人が、ここにもいる、と。ほんの少し前、「活字離れ」が心配されていたこの国で、毎日、何通もメールという手紙を書き、ブログという日記を書く人が増えている。「この気持ち、あの人に届くだろうか」「この考え、伝わるだろうか」迷いながら考えながら、言葉を選び、文章を綴る人たちがいる。筆記具という道具を90年つくり、書く人たちの隣にいた者として、そのことが、ただうれしいのです。そして、あなたの言葉を、あなたの文字で、したためたくなった時。私たちのペンは、伝えようと思います。その胸の内を、その体温を、言葉にできない大切な何かを。
なるほど。ちょっとブロガー狙い?という感じもしますが、とりあえず僕というブロガー一人は反応したわけですから成功でしょうか。
いずれにしても「筆記用具を使おうが、メールやブログというデジタルなツールを使おうが、思いを言葉にしたいという気持ちは同じ」という点には賛成です。これからも文章を「書く」という言葉が残るかどうかは分かりませんが、文章を「打つ」にせよ、言葉を綴りたいという気持ちはいつまでも一緒ですよね。
残念ながら、万年筆で絵文字を書くことは「できません」。
中高生がメールに親しんでいるからと言って、彼らの表現方法にまで触れずして「活字慣れ」しているとは一概には言えないでしょうね。
要するに PILOT の広報は時代遅れの見解を示してしまったということですな。
投稿情報: 通りすがり | 2007/08/12 00:52
いつも楽しく拝見させていただいております。
心に残る言葉ですよね。たとえブロガーを狙ったとしても。共感いたしました。
万年筆ももっと売れるといいですね。書くという作業はタイプとは違って、直接的に脳に知識を叩き込むことができるし、今でも重要なことだと思います。
投稿情報: tada | 2007/08/12 21:44
通りすがりさま、tadaさま、コメントありがとうございます。
反応が遅れて失礼致しました。
> 残念ながら、万年筆で絵文字を書くことは「できません」。
確かにその通りですが、PILOTが言いたかったのは、方法はどうであれ「思いを表現する」ことは途絶えていないのだということではないでしょうか。であれば、筆記具という「思いを表現する」ツールをつくってきた会社としてこんなに嬉しいことはない -- PILOTはそう言っているのだ、というのが僕の解釈です(もちろんPILOTがタテマエを言っているのかもしれませんが)。
> 書くという作業はタイプとは違って、直接的に脳に知識を叩き込むことができるし、今でも重要なことだと思います。
仰る通りだと思います。キーを打って得られるものと、書くことによって得られるものは全然違いますよね(どちらが優れている、ということではなく)。個人的には、PILOTの狙い通り(?)「たまには筆記具で文章書かないとなぁ」という気分にさせられてしまいました。
投稿情報: アキヒト | 2007/08/15 19:04