先日『スポーツニュースは恐い―刷り込まれる〈日本人〉』という本についてコメントしましたが、逆にこの本は「読みたくなる情報の作り方」という点でも参考になると思います(同書の趣旨からしたら、そんなことしちゃいけないのでしょうが)。
まずはこの文章をどうぞ:
昨日行われた世界ルボトフ選手権<トンガ対サモア>は、トンガの主将ムカベによる得点で、トンガが1-0で勝った。
次はこれ:
昨日、世界ルボトフ選手権<トンガ対サモア>が行われた。昨年の同選手権では、サモアが1-0で勝利している。その際退場処分となり、トンガ敗退の一因を作った同国主将・ムカベは、昨日の試合で1得点をあげ、トンガが1-0で勝利。みごと雪辱を果たした。
最後はこれ:
昨日、世界ルボトフ選手権<トンガ対サモア>が行われた。両国が初めて対戦したのは1966年。その際勝利したのはトンガだったが、以後40年以上、サモアがずっと勝ち続けている。しかも昨年の同選手権で行われた試合では、トンガ主将のムカベが退場処分となっているという因縁の組み合わせ。今大会の目玉となった大一番は、ムカベが値千金のゴールを決め、1-0でトンガの勝利。みごとリベンジを果たすと共に、母国に41年ぶりの勝利をもたらした。
3つの中で、どれに一番興味を引かれたでしょうか。個人差はあると思いますが、2つめ、3つめの方が興味を引かれた方が多かったと思います。実はこれ、サッカーの2002年日韓ワールドカップで行われた<イングランド対アルゼンチン>をベースにした創作記事(ごめんなさい、ルボトフなどというスポーツはありません)。『スポーツニュースは恐い』に掲載されている元の文章はこんな感じです:
だから02大会でベッカムがみずからの得点でアルゼンチンを下したとき、日本の新聞は「ベッカムが前回大会のリベンジを果たした」というトーンで伝えた。
<98年フランス大会の決勝トーナメント1回戦で退場処分を受け、アルゼンチンに敗れるきっかけとなったベッカムにとって、雪辱を果たす決勝ゴールとなった> (読売 02年6月8日)
ところが、イギリス大衆紙の見方は違う。もっと歴史をさかのぼり、もっと大きな意味合いをこのリベンジに与えていた。サン紙の次の記事がいい例である。
<デイビッド・ベッカムが札幌の対決で勝利を決定づけるPKを見事に決め、36年間に及ぶ痛みに終止符を打った。
(中略)
無理もない。66年にウェンブリースタジアムでのワールドカップ準々決勝に1-0で勝って以来、この中南米の国に初めて勝利した輝かしい瞬間だったのだから。
スタジアムではファンが踊り、母国では勝利を祝うランチタイムがそのまま夜遅くまで続くと、86年の「神の手」マラドーナや98年のサンテティエンヌのおぞましい記憶も消え失せた。/ベッカムの栄光あるPKは、4年前のアルゼンチン戦で退場になったために惨めな一時期を過ごした男が出した完璧な答えだった> (サン 02年6月8日)
サッカーに興味がない方は、とにかくこの両国が因縁の対戦を繰り広げてきたと思って下さい。さらに同書では触れていませんが、両国の間にはスポーツのみならず「フォークランド紛争」という因縁まであります。とにかくこの「(ベッカムにとっての)個人的因縁」「歴史的因縁」というコンテクストをどう広げるかによって、「この1ゴールが持つ意味」「この1勝が持つ意味」が違ってくるわけですね。
実際、「コンテクストを説明する」という手法は、あるスポーツ/試合への関心を高める施策として活用されています。例えば、以前から取り上げている本"Made to Stick" の中にこんなエピソードが。米 ABC News でテレビ制作に関わっていた Roone Arledge という人物が、NCAA(全米体育協会)の大学対抗アメフトのテレビ中継を任された時のこと。大学対抗なので、通常であれば、地元の人々や大学関係者しか試合を見てくれません。そこで彼は視聴率を上げるため、試合前に出場大学の紹介フィルムを流すという作戦を取ったそうです。この大学はこんな町にある、町の人々はこんなに熱狂している……といった情報があれば、人々はこれから見る試合の持つ意味が分かり、熱中してくれるはずだというのが Arledge の読みでした。この作戦は成功し、同じ手法が様々な分野で活用されるようになったとのことです。
さらに、ある情報の上にのせるコンテクストが「失敗により苦汁を味わった男がリベンジを果たした(or リベンジなるか)」「どうやっても勝てなかった相手に一矢報いた(or 一矢報いるころができるか)」などといった「人間の本能に訴えやすいパターン」であれば、関心収集効果はより強くなるはずです。毎日スポーツ新聞を買ってきて、その中に現れる「思わず関心を引かれるコンテクスト」を研究すれば、より上手な情報加工の仕方を体得できるかもしれませんね。
コメント