ヒット商品を生み出せる人たちがいます。彼らはどうして、他人の心をつかむ商品/サービスを生み出すことができるのでしょうか。それがいま存在していないにもかかわらず。
今日の朝日新聞土曜版「be on Saturday」で、空間プロデューサーの山本宇一氏が紹介されていました。
■ フロントランナー 空間プロデューサー 山本宇一さん(42歳) -- 自分が欲しくて、街にないものを作る(朝日新聞土曜版 b1面)
この記事を読んで初めて知ったのですが、ダンスクラブやレストランのプロデュースをされていて、手掛けたお店はどれも評判になっているのだとか。現在も新丸ビルのワンフロアのプロデュースを三菱地所から任されているそうです。ちなみに山本氏が代表を務める「ヘッズ」のホームページと、彼のオフィシャルブログはこちら:
■ ヘッズ
■ DULSET HOTEL
山本氏は店舗を企画する際の考え方を、こう語っています:
自分が欲しいと思って街に足りないものを作る。それが私の仕事
同じような考え方は、オフィシャルブログでも書かれています:
僕が 東京という街にお店を作る理由。
それは、
東京という街を歩いていて、
「ここにこんなお店があったらいいなあ」
「こんな内装で、こういう食事やお酒がいつでも楽しめたらいいなあ」
という自分にとっての「渇き」を満たしたいと思うからです。
僕にとっての欲求が、
お店作りの原点だといえるでしょう。
マーケティングの発想では、
既にある雛形のような
無難なものしか出来なくなってしまう。
僕が好きなものを好きなように作るから
だからオリジナルなユニークなものが生まれる。
(2005年10月6日のエントリ「オリジナルなお店」より)
彼をお手本にするならば、ヒットを生むには「自分が欲しいと思うけど、いまは存在していないもの」を作れば良いのでしょうか。確かに「自分が欲しいものをつくる」ことを明言しているクリエーターは数多くいます。一方で、作り手の自己満足としか思えない商品/サービスが、結局世間から受け入れられずに失敗する例も探すのは難しくありません。自分の欲求を好き勝手に満たすのと、山本氏とでは何が違うのでしょうか。
最近ハーバード・ビジネス・レビューでも紹介されていた、アメリカでベストセラーになっている本"Blink"が翻訳されていることを知り、さっそく買ってきて読んでいます(ちなみに邦題は『第1感 「最初の2秒」の「なんとなく」が正しい』で、どことなく『「みんなの意見」は案外正しい』を彷彿させます)。それによれば、人間には瞬時に的確な判断を下せる能力「適応性無意識」があり、無意識のうちに様々な情報処理/意思決定を行っているそうです。問題なのは、それが無意識のうちに行われてしまうため、ある能力に長けた人間がそれを真似するにはどうすれば良いのか聞かれても、適切には答えられないという点です。
例えば『第1感』には次のような例が出てきます。「世界のプロテニスプレーヤーはたいてい、フォアハンドを打つときは手首のスナップを利かせてラケットを回転させるようにしてボールにかぶせると説明する。しかしビデオで検証すると、手首を回すのはボールを打ってからかなり後だと分かる。彼らはウソをついているのだろうか?いや、適応性無意識による行動は本人も説明できないため、適当な話をしているだけなのだ。」
それをふまえて、山本氏の記事を読み返してみましょう。記事にはこんな箇所があります:
デザイナーの形見一郎さん(40)はこう評する。「時代の空気を読んで言語化するのがうまい。僕らはそこから形を生み出す」
またこんな箇所も:
-空間プロデューサーとは何をする仕事ですか。
山本 目的に沿って、何をどうしたらいいか、組み立てて編集する仕事です。(中略)食生活やライフスタイルとか夜の遊び方とか、今と少し違う方向に進んでいったときに何が必要か、常に思いを巡らせているような職業ですね。
これを読むと、山本氏が単に「自分の欲しいものを作っている」だけではないことが分かります。勝手な想像ですが、山本氏のような人々は無意識のうちに「世間が求めているもの」を意識し、それを自分が求めているものとして具現化しているのではないでしょうか。つまり彼らが見つける「ないもの」とは、「自分が欲しいけれど存在していないも」ではなく、「一般の人々が求めているけれど現在は存在していないもの」なのだと思います。
ただし、他人が求めているものを把握するためにマーケティング手法に頼るだけでは、山本氏が言うように「既にある雛形のような無難なものしか出来なくなってしまう」のでしょう。いま欠けているものを感じた上で、それをどこまでオリジナルな形に具現化するかを含めて「ないもの」を見る力なのではないでしょうか。
で、その「ないもの」を見る力をどうつければ良いのかということですが・・・それが分かったら教えてもらいたいです。少なくとも、「オレが作るものが売れないわけがない」という態度でいることではないでしょう。しかし1つの分野に長くたずさわり、専門知識をつけてしまうと、えてしてそんな考えに陥りがちです。良い意味で何度も初心に帰り、「なぜ」を考えることが必要なのではと思います。
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