会社帰り、繁華街を歩くあなた。夜に肌寒く感じることが少なくなったせいか、路上にはストリートミュージシャンの姿が増えています。その中に、ひときわ観客の多いアーティストがいました。ちょっと立ち止まって聴いてみると、意外に良い曲ではないですか。最近聴いた音楽の中で、間違いなく1、2を争う曲です。周囲の観客の反応を見ても、皆が素晴らしいと感じる音楽であることは間違いなさそう……
さてここで問題です。「事務所の力」など政治的な変数を抜きにして考えた場合、この「間違いなく良い一曲」がヒットチャートで5位以内に入る確率は何パーセントぐらいでしょうか?その答えを教えてくれる記事が、先日の New York Times に掲載されていました:
■ Is Justin Timberlake a Product of Cumulative Advantage? (New York TImes)
音楽や映画などの作品を購入する際、人は他人の影響をどれだけ受けるのかについて考察した記事。理論的に考えれば、人は自分の好みにあった作品を購入するはずです。しかし実際には、その決断は他人からの影響を免れません。「友人に薦められて」「サークルのみんなが聴いているので」「ザ・ベストテン(古い)で10週連続1位だから」などなど、他人の嗜好に影響されて曲を買ったという経験は誰にでもあるでしょう。従ってある作品がヒットするためには、作品自体の質に加えて、消費者の周囲にいる他人の存在というものも重要な要素になります。
とここまでは考えてみれば当たり前の話で、異論の余地はないと思いますが、それでは「他人から受ける影響」というものがどれほどの力を持っているのでしょうか?記事の中では、こんな実験が紹介されています:
- 14,000人の被験者に対し、今まで一度も聴いたことがないアーティストの楽曲を聴いてもらい、その曲を評価してもらった。また気に入った曲があれば、それをダウンロードしてもらった。
- あるグループには曲名とアーティスト名だけを教え、別のグループにはその曲がダウンロードされた回数も教えた。
- 後者のグループ(ダウンロード回数を教えられた集団)はさらに8つに分け、平行して「8つの世界」が存在するようにした。
さて、この結果がどうなったか。「ダウンロード回数を教えられたグループの方が、人気を集める曲はより多くの人気を集めた(人気のない曲はより不人気だった)」という結果は予想通りだと思いますが、面白いのはダウンロード回数を教えられた8つのグループ間の相違。各グループはいわば「平行世界(パラレルワールド)」のような存在ですが、それぞれの「世界」で、ヒットした曲は異なっていたのだそうです。詳細な説明はこちら:
The song “Lockdown,” by 52metro, for example, ranked 26th out of 48 in quality; yet it was the No. 1 song in one social-influence world, and 40th in another. Overall, a song in the Top 5 in terms of quality had only a 50 percent chance of finishing in the Top 5 of success.
例えば 52metro の"Lockdown"という曲は、曲自体の良さという点では48曲中26位に評価された。しかし「社会的影響の世界」(※他人のダウンロード回数を教えられたグループ)の1つでは、この曲はヒットチャートで1位を記録し、別のグループでは40位だった。全体的に見て、曲自体の良さの点でトップ5に入った曲は、ヒットチャートでもトップ5に選ばれる確率は50%しかなかった。
とのこと。他人がどのような選択を行ったかが見える環境では、初期に行動した消費者の選択が「増幅」され、結果に大きな差が生じる -- すなわち「たまたま最初にAという曲をダウンロードした人が多かった」「たまたまBという曲を好む人が少なかった」など偶然の要素が結果を左右したと解説されています。もちろん曲自体の価値は重要なものの(誰が聴いてもダメな曲が偶然No.1になることはあり得ない)、何がヒットするかは他人がどんな行動を取るかにかかっているわけです。
というわけで、冒頭の問いの答えは「50%」ということになりました。というよりも、「ひときわ観客の多いアーティスト」自身が偶然の産物(たまたま初期に通りかかった通行人の中に彼/彼女の曲を好む人が多かった)であったのかもしれません。もちろん現実の世界では、事務所の力やマーケティング活動の優劣も大きな問題となるため、「過去を8回繰り返したら8回ともヒットする曲が違った」という状況にはならないでしょう。しかしおなじみ WEB2.0 の世界では、他人がどのような選択を行ったかは以前よりずっと見えやすくなっています。オンラインショッピングサイトのランキングやレコメンデーションしかり、ソーシャルブックマークサービスでの「被ブックマーク数」表示機能しかり。私たちが想像するよりも、上記の実験のような「バタフライ効果(蝶の羽の一振りのような小さな影響が、大きな結果の差となって現れること)」が発生しやすい世の中になっているのではないでしょうか。
「はてブ」のホテントリに載せるために、ダミーのユーザーを使って大量にブックマークさせるなどという行為が行われることがあると聞きます。ウワサ話なのでどこまで本当か分かりませんが、確かに僕も「はてブ」上で話題になっているエントリはチェックしてしまう傾向がありますし、ネット上にある「他人の選択が見える環境」でヒットを演出するという行為にはそれに見合う効果があるのでしょう。僕なんかに指摘されなくても、すでに音楽業界は似たような販促活動を始めているのかもしれませんが、ストリートライブにサクラの観客を紛れ込ませるような行為が、WEB上でも始まるのかもしれません。
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