昨日、法政大学で行われた「国際シンポジウム 創造都市とグローバル・エコノミー」というイベントを聴講し、感じたことがあったので少し。ちなみに記事タイトルは、このイベント中にAR Commonとの共催で行われたセッションから引用しました。
古代ギリシャの都市には「アゴラ」という空間が存在していた、ことは改めて述べるまでもないでしょう。日本語では広場や市場といった言葉に訳されていますが(実際に初期のアゴラは市場として発展したそうです)、単なる場所ではなく「言論空間」という位置付けがなされており、現在でも議論を交わすことに主眼を置いた各種のメディアサービスに「アゴラ」の名前が使われることがありますね。
このアゴラ、実際にかなり計画的に配置されたそうで、日端康雄氏の『都市計画の世界史』にはこんな解説があります:
アゴラは通常、町のほぼ中央に位置し、東西と南北に主要な街路が通じている。すべての市民が市場で用を足し、その近くの公共建物での政治集会に出たりするのに、都合の良いように計画された。
前5世紀から前4世紀前半にかけてのギリシャには、政治体制としての民主主義があったとされる。アリストテレスがポリスの市民を「政治と裁判の権利にあずかるもの」と定義しているが、アゴラが持つもう一つの機能は、ポリスの市民が平等にこれらの権利を行使できる場所を提供することであった。さらに、民主政治の実行には不可欠の情報の開示にかかわる施設も併設されていた。アゴラは、民主政治体制の中の「公共」の生活の核として形成されたのである。
つまり広場とそれに併設される諸施設(集会用や情報開示用の建物)まで含めれば、アゴラは「民主主義」という仕組み、あるいはサービスを成り立たせるためのインフラとして機能していたと。見方を変えれば、アゴラを含む「古代ギリシャ型都市」というものがプラットフォームとなり、その上にのる民主主義などの各種アプリケーションを実現していたと言えると思います。
話を現代に戻して。昨日のシンポジウムでも使われていた「創造都市」という概念ですが、はてなキーワードでこんなまとめがなされています:
創造都市とは人間の創造活動の自由な発揮に基づいて、文化と産業における創造性に富み、同時に、脱大量生産の革新的で柔軟な都市経済システムを備えた都市のこと。近年注目されている都市戦略のモデル。
最近リチャード・フロリダなんて人々もいますが、彼らをどう評価するかは別にして、先進国の主要都市が活力を維持して行くためにはどうすれば良いか?という問いに対する1つの答えが「創造性/クリエイティビティ」ということになるのでしょう。住民による創造的な活動を促し、それを活力や経済力として転化できるような都市、と言えるかもしれません。
そんな「創造都市」をどう実現するのか?が昨日のシンポジウムのテーマだったわけですが、決して1つや2つの政策、あるいはソニーやグーグルのようなスター企業が1、2社あれば良いという話ではなく、長期的・全体的な視野を持って計画を進める必要があるでしょう。また創造的というからには、多種多様なバックグラウンドを持つ組織・人々の参加が欠かせません。そのためには、「アゴラ」が「民主主義都市」というもののプラットフォームになったように、「創造都市」を実現するためのプラットフォームになる都市とはどのようなものなのか?を考え、整備を進めなければいけないのではないでしょうか。
米国では「プラットフォームとしての政府」という概念が登場しています。Web2.0でお馴染みのティム・オライリーが積極的に提唱していますが、例えば彼がこんな記事を書いています:
■ ティム・オライリー特別寄稿:ガバメント2.0―政府はプラットフォームになるべきだ (TechCrunch Japan)
で、実際にサンフランシスコやワシントンD.C.といった都市で、公的機関が彼らの持つデータを公開し、企業など民間組織がそれを活用したサービスを創造するという動きが起きています(例えば犯罪に関するデータを地図にプロットして「危険地域マップ」を作るといった感じですね)。その辺は経済産業省がまとめた次のページが参考になるかも:
■ 海外におけるオープン・ガバメントの取り組み (経済産業省)
ここで面白いのは、デジタル方面でのプラットフォームを整備することで、「都市」というものがカスタマイズ可能になるという可能性です。フィジカルな都市機能というものは、当然ながら一度つくられてしまえば容易に変更できるものではなく、またどんな住民に対しても一律の動きしかしません。しかしデジタル情報であればそんな制約はなく、例えば同じ街路を歩いていても、会社へと急ぐサラリーマンには駅までの最短ルート/混雑情報を提供し、買い物を楽しむ学生にはいま開催中のイベント/セール情報を提供するなどの異なる「意味づけ」を与えることができます。フィジカルな都市をベースに、ユーザー(住民)に応じていくらでも拡張が可能になるわけですね。
そう考えると、「創造都市」に必要なプラットフォームとは?という問いに対する答えの1つとして、様々なデジタル情報をより利用しやすくなるような整備を進めるという方針が導き出せるかもしれません。単純な例としては、公的機関が無線LANの整備を進め、無料で住民に提供するといった状況が考えられるでしょう。実際にSkypeの生まれ故郷であるエストニアでは、無線LANの整備が進められており、街の様々な場所で無料でネットに接続することができます(この辺は以前紹介した"The Internet of Elsewhere"という本が参考になるかも)。そしてそれを前提にした様々なサービスが普及しつつあるわけですが、例えば東京都の住民1300万人が文字通り「常時接続」している状態になれば、どんな可能性が生まれてくるでしょうか?
また無線LAN整備を進めることは、無線強度を測定するタイプの位置測定技術を下支えすることにもなり、拡張現実や位置情報系のサービスを促す効果が期待できるでしょう。あるいは前述の米国の例にならって、様々な公的データを開放すれば、最近話題の「ビッグデータ」系サービスへの道を拓くことになるかもしれません。そのためには関連の法整備を進めたり、データの標準化を進めることも求められるはずです。
最終的にどのようなインフラが整備され、どのようなプラットフォームとして姿を整えるのかは別にして、いま現れつつあるテクノロジーはそんな土台を築く可能性がある、あるいは土台を築いて行かなければならないという観点で議論を進めることが必要では、と感じた次第です。少なくとも技術やアプリ、サービス単体で優劣を論じたり、可能性に夢をめぐらせるという時期は良い意味で過ぎたのではないでしょうか。
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