自殺したはずのアドルフ・ヒトラーが死に際にタイムスリップし、現代のドイツで芸人として人気を博す――という荒唐無稽な小説『帰ってきたヒトラー』。2012年にドイツで出版されると、世界中で話題となり、日本でも2014年に邦訳が発行されました。そして2015年に待望の?映画化。ドイツ国内ではディズニー映画『インサイド・ヘッド』を破るほどの成功を収めました。その映画『帰ってきたヒトラー』がいよいよ6月に日本公開されます。
この映画の試写会に参加してきましたので、簡単に感想を。ちなみに原作の方の感想はこんな感じ:
■ 【書評】『帰ってきたヒトラー』(シロクマ日報)
以下、直接的なネタバレはしませんが、あらすじや小さなエピソードの紹介を含みます。まっさらな気持ちで観たい、という方は公開後までお待ち下さい。
さて。
まず原作を読まれた方には「安心してください」とお伝えしておきます。日本語版で上下巻約500ページという長編をコンパクトにまとめつつ、原作の雰囲気を上手く映像化しています。後述するように、ラストは少し変えてあるものの、基本的な筋は原作通りになっています。
そしてヒトラーを演じたオリヴァー・マスッチの演技が素晴らしい。モノマネとしての「ヒトラー演技」もさることながら、人間としてのヒトラーの「魅力」と恐ろしさを再現していて、荒唐無稽な話でありながら違和感なく楽しむことができました。
テーマが極端な映画は「出落ち」のようになってしまい、映画としての作り込みや細部が甘くなることがありますが、この映画に関しては心配ありません。「ヒトラーを現代に蘇らせる」という濃厚な味付けに甘えることなく、ひとつの娯楽映画としても成立するように、きちんと手間暇をかけて料理している作品だと思います。さらにモキュメンタリーのように、実際にヒトラーの扮装をしたマスッチがドイツ各所を行脚し、街の人々の反応を撮影するということもしたのだとか。この「恐らく素人であろう人々の反応」が作品の随所に挟まれるのですが、それだけで多くのことを考えさせられます。
余談ですが、数あるギャグの中でも、某ヒトラー映画のパロディに大爆笑してしまいました。日本のネットでもミーム的に大流行した、あの「嘘字幕ネタ」なのですが、調べてみると世界的に流行していたネタなのですね。気合い入れてぶち込んでくるわけだ……。
ということで、純粋に映画として楽しめる一本に、余計な考察など蛇足以外の何物でもないのですが。「ヒトラー映画」である以上、それが観客につきつけるメッセージについて考えざるを得ないでしょう。
先ほど「ラストは少し変えてある」と説明しましたが、もう少しだけネタバレにならない範囲で言うと、原作よりもシリアスな終わらせ方をしてあります。また同時に、虚構と現実がより強くリンクするような仕掛けもしてあります。原作がほのめかしていたメッセージを、より強く感じさせるための改変、と個人的には理解しました。映画化されればより多くの人々の目に触れることになり、さらに小説よりも短時間でメッセージを伝えなければいけないのですから、「わかりやすくする」ための処置として必要だったのでしょう。
その改変された終盤の場面で、ヒトラーは「ヒトラーとは何か」という問いに自ら答えます。それは『帰ってきたヒトラー』という作品を通じて、実はずっと描かれている答えなのですが、それだけにヒトラーのセリフは心に重く残るのではないでしょうか。
そしてこの作品を通じて描かれるさまざまな場面は、現在の私たちが置かれている状況に他なりません。漠然とした閉塞感。政治への不信。異なる存在への恐れ。そこに「はっきりモノを言う魅力的なリーダー」が現れたら、みな彼を賞賛してしまうのではないか……。原作が発表された2012年の時点では、それはあくまで仮説にしか過ぎませんでした。しかし2015年から16年にかけて続いている米国の「トランプ旋風」などを見ていると、この作品で描かれる世界は、現実とそう遠くないのではと感じてしまいます。
ということで、原作よりもビターな味付けをし、原作以上に現実とのリンクを深め、さらには原作発表時点よりも事態が深刻になろうとしている2016年に公開される『帰ってきたヒトラー』は、本気で笑えると同時に本気では笑えないという希有な作品になっていると思います。6月の公開をどうぞお楽しみに。
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