『あなたはなぜ値札にダマされるのか?―不合理な意思決定にひそむスウェイの法則』を読了。ある方が「これ読んでいます」というのを聞いて、気になって読んでしまいました(ごめんなさい、技術評論社のDさん)。さっそく感想を……といきたいところですが、この中に面白いエピソードが紹介されていたので少し。
以前『クイズ$ミリオネア』という番組がありました(本家はイギリスの番組『フー・ウォンツ・トゥ・ビー・ア・ミリオネア』)。日本でも話題になったので説明不要だと思いますが、視聴者参加型のクイズ番組で、正解した問題の数に応じて賞金がもらえるというもの。基本的に司会者(出題者)と回答者の1対1の勝負なのですが、「ライフライン」というルールがあり、回答者は4種類のサポートを各1回だけ受けることができます。その中の1つが「オーディエンス」で、会場にいる観客に答えがどれかを投票してもらい(出題は必ず4択問題の形で与えられる)、その集計結果を参考に回答できるというもの。最近ネットでは集合知などという言葉が定着しましたが、まさしく「みんなの意見は案外正しい」の通り、この結果を見て正解が導き出せるかもしれないわけですね。
で、『あなたはなぜ値札にダマされるのか?』によれば、米国では観客の投票で1位だった回答が正解である確率は、何と90%以上に達しているとのこと。ならば「オーディエンス」はここ一番という時の強力な武器になるはず……なのですが、同番組のフランス版でこんな事件があったあそうです:
アンリは最初の数問をクリアした。だが、司会者が次の質問をしたとき、すべての状況が変わった。
「地球のまわりを回っているのはどれですか?」
アンリは選択肢が読みあげられるあいだ、うつむいて心を集中させていた。
A 月
B 太陽
C 火星
D 金星アンリは質問をもう一度声に出して読み、じっと考えこんだ。不安をあおる音楽が流れつづけ、彼は唇をかむ。挑戦者の困惑ぶりが本物だとわかると、司会者が助言した。
「ゆっくり考えて、それでも迷っていたら、ライフラインを使いましょう」
わらをもつかむ状況で、アンリはライフラインの中から観客投票を選んだ。
(中略)
観客の答えが出ると、アンリは深く息を吸い、ぐっとのどを鳴らした。すべてはこの答えにかかっている。クイズを続けるためには正解しなければならない。予想されるように、金星が地球を回っていると答えた観客はひとりもいなかった。どういうわけか、火星と答えた者が2パーセントいた。
さて、ここからが奇妙なところである。「言わせてもらえば」と司会者。「あくまで私が見た感じですが、答えはふたつに分かれましたね」。観客の42パーセントだけが正解の月に投票していた。そして56パーセントもの観客が、太陽と答えたのである。
そしてロシア版では、状況はさらに悪いことに:
『クイズ・ミリオネア』がロシアで作られたとき、制作チームは、観客がアンリのような出来の悪い挑戦者のときだけでなく、ひんぱんにまちがった答えを出すことに気づいた。ロシア人観客は、賢い挑戦者もそうでない挑戦者も関係なく、まちがった答えのほうに意図的に誘導しようとするのである。実際、観客があまりに多くまちがった答えを出すので、挑戦者はライフラインの観客投票を疑うようになったほどだ。
別にフランスやロシアの人々が無能だったとか、そういう訳ではありません。詳しくは本書の解説を読んでみていただきたいのですが、要は国民性の違いによって、これから大金を手にしようとしている挑戦者を助けるか否かが変ってくるのではないかという解説がなされています。フランス版で挑戦者を見放したのは「こんな愚かな者を救うのは公平ではない」という思い、ロシア版では「誰かが抜け駆けして大金を得るのは公平ではない」という思いだった、と。
この解釈がどこまで正しいかはさておき、『ミリオネア』の例は「集合知が正しく動作するには、参加者の間に正しいモチベーションがなくてはならない」という、考えてみれば当然のことを示しているのかもしれません。そして「ある国で成功した集合知モデルが、他の国でも有効に動作するとは限らない」ということも。大勢の人々が無償で、結果としてであっても他人を助けるような方向で動くためには、それぞれの社会にあったメカニズムを用意する必要があるのでしょうね。
最後に、本文とは関係ないのですが。「クイズ$ミリオネア」というと、本家版のこの動画を思い出してしまいます:
何度観てもかっこえー。今年はこんなカッコイイことができる漢になってみたいもんだ。
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