※なんかタイトルの日本語が変になってしまいました。とにかく一見の価値ありです。
男性にはちょっと入りづらい場所にあるのですが、恥(?)を忍んでも足を運ぶ価値はあると思います。ジャネット・カーディフの『40声のモテット』を体験してきました。
■ ジャネット・カーディフ & ジョージ・ビュレス・ミラー 展
銀座のメゾンエルメス8階にある展示スペースで開催中の展覧会です。展覧会といっても2つしか作品がないのですが、そのうちの1つがジャネット・カーディフ(Janet Cardiff)作の『40声のモテット(The Forty-Part Motet)』。40個のスピーカーによって構成される、かなり変った作品です。
会場に入ると目に飛び込んでくるのが、何の変哲もないスピーカーたち(会場内は撮影禁止のため写真が無いのですが、リバプールの美術館で展示された際の写真をこちらで確認できます)。しかし40個ものスピーカーが楕円形に配置されている空間は、ちょっと異様な感じがします。このスピーカーから何が流れてくるのか――実はタイトルにある『40声のモテット』とは、16世紀のイギリス人作曲家トマス・タリスの作品で、文字通り40声から成る声楽曲。これを1声ずつ個別に録音し、1つのスピーカーから1声だけ出力×40というのがこの作品なわけですね(ちなみに合唱はソールズベリー大聖堂の聖歌隊が担当したとのこと)。
ちょうど YouTube に海外で展示された際の光景がアップされていましたので、僕の説明を読んでも良く分からんという方はこちらをご覧下さい:
しかしなぜこんな作品を創ったのか。会場で配られているパンフレットにはこうあります:
「演奏会では普通、聴衆は合唱団の正面の『定位置』に座ります。この作品を通じて私は、聴衆が歌う側の視点で音楽を体験できるようにしたいと考えました。どの歌い手の耳にも、一人一人違った構成の音楽が聞こえてくるはずです。聴衆が空間を自由に動き回れるようにすることで、それぞれの歌声と親密な関係を結ぶことができるようになります。また、音楽とは一定の形を持たない構造物である、ということが明らかになるでしょう。加えて、音というものがいかに彫刻のように空間を物理的に構成しうるか、そして観客がこの物理的な、かつヴァーチャルな空間の中でどのように歩き回るか、そういったことにも私は関心を持っています。」
スピーカーから臨場感のある音が流れる、というのは、今日にはごく日常的な体験です。ホームシアターのような機材を揃えている方なら、それこそ毎日のようにベルリン・フィルの演奏を味わうことができるでしょう。しかしこの作品がユニークなのは、文字通り聖歌隊の中に「入っていく」ことができるという点。スピーカーの間や前後左右を通り抜けているうちに、聖歌隊の一員になったような気分を味わうことができます。しばらくすると、スピーカー1つ1つにゴーストを感じて、生身の人間のように感じられてくるから不思議(恐らくそれを狙って、スピーカーがちょうど人間の頭の位置にくるように配置されています)。
そしてもう1つ素晴らしいのは、作者自身の言葉にもあったように、音楽とは立体的なものなのだということが実感できるところ。普段私たちは、たとえホールで実物のオーケストラを鑑賞していたとしても、音楽を「面」で感じることしかできません。またたとえ演奏者として参加していても、ある1点からしか音楽を感じられないでしょう(練習時間は別にして)。しかしこの作品では、観客はいわば透明人間となって、リアルで演奏されている音楽空間の中を自由に歩き回ることが許されます。場所を移動するたびに違った構造が現れ、音楽とは文字通り3次元の存在なのだということが感じられるはずです。そして3次元的でありながら、全員の呼吸が一致する瞬間には辺りが突然一体化したような感覚を受けて、鳥肌が立ちました。
ちなみに作品は、11分間の合唱->3分間の休憩->11分間の合唱……とループ再生されています。この休憩時間も実は録音が行われていて、聖歌隊の人々が自由におしゃべりしている声が流れるのですが、こちらもなかなか面白いですよ。咳払いをする人、他の人と歌い方について何やら相談する人などなど、スピーカーに人間味を感じさせる要素の1つとなっています。またもう1つの作品『ナイト・カヌーイング』も臨場感に溢れる作品ですので(僕は某ホラー作品を思い出しました)、忘れずにご鑑賞を。
展示は5月17日まで。月曜~土曜は午後8時までオープン(最終入場は午後7時30分)していますので、仕事帰りに是非どうぞ。ちなみにメゾンエルメス8階に到達するためには、当然ながらメゾンエルメス1階を抜けていかなければなりません。そしてメゾンエルメスはエルメスのお店……ということで、ふだん女性ブランド店に行き慣れていない方(含む自分)は勇気が必要かと思いますが、健闘を祈ります。
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