以前「英語が読めるようになりたい、けど1冊しか参考書を選べないとしたら」というエントリを書き、『英文解釈教室』を推薦したのですが、ここで訂正させて下さい。仮にどの1冊を選ぶかを決めるために、もう1冊本を選んで良いとしたら(という仮定も変なのですが)……迷わずこの『英語ベストセラー本の研究』を推します。
著者の晴山陽一さんは、英語教材の編集、学習ソフトの開発などを手がけられてきた方で、今でも「アマゾンで自分の知らない英語参考書を見つけると、あわててカートに入れてしまう」そうです。「ベストセラー本の研究」というタイトルの通り、戦後に日本で出版され、話題となった英語本を解説してくれるというのがこの本の趣旨。しかし内容はそれだけに止まりません:
- 英語参考書/勉強法のガイドブックとして
- 戦後日本の英語教育の変遷(迷走?)を知るための歴史書として
- 英語教育者がどんな思いから自己の学習法を編み出したのか、という人物伝として
- さらに著者の晴山さんご自身が、過去の英語ベストセラー本を俯瞰して編み出した「究極の英語学習法」の解説書として
という1冊で4つの使い道がある美味しい本。この内容で新書サイズというのはお買い得だし、時間の無い方も手にして損はないと思いますよ。
例えば歴史書としての面からは、いかに日本の英語教育が行ったり来たりを繰り返しているか、をはっきりと理解することができます。以下の引用文を読んでみて下さい:
一 英語で考える習慣を作ること。
英語を学ぶということは、できるだけ多くの単語を暗記することではなくて、われわれの心を、生まれてこのかた英語を話す人々の心と同じように働かせることである。この習慣(habit)を作ることが英語を学ぶ上の最初にして最後の段階である。
英語で考えることと翻訳することとを比較してみよう。前者は英語をいかに用いるかということを目的としているが、後者は古語を学ぶときのように、言語材料を覚えることに重点を置いている。前者は聴き方にも、話し方にも、読み方にも、書き方にも注意しながら英語を生きたことばとして学ぶのに反して、後者は書かれた英語の意味をとることのみとらわれている。ここにおいて、英語で考えることが、英語を学ぶ最も自然な最も効果的な方法であることが明らかである。
文部科学省の新しい指導要領?という感じですが、実はこれ1947年3月に時の日本政府が作成した『指導要領(試案)』の英語科セクションの内容だそうです。英語を翻訳するだけの勉強法を「古語を学ぶようなもの」と過激に否定しているわけですが、その後60年間繰り返されたことは……ご存知の通りです。
その後どんな議論があったのか、については当然本書で詳しく解説されているわけですが、ここでは1つだけ引用させて下さい。戦前のエピソードなのですが、日本人の「英語教育法選択眼」の無さを示すものとして、こんな話が登場します:
話は変わるが、よくテレビのドキュメンタリー番組を見ていて、台湾や東南アジアや南洋諸島の取材先で、流暢に日本語を話す老人が出てきてびっくりすることがある。現在の日本に連れて来ても何の違和感もない自然な日本語を話すのである。しかも、彼らが日本の占領下で日本語を習ったのは、半世紀以上も前のことである。普通、一年か二年触れていないだけでも外国語はどんどん錆びついていくというのに、この定着度の高さにはどんな秘密があるのだろう。
私はこのような疑問をずっと抱き続けてきた。いったいどんな教育方法を使って、このような奇跡的な学習成果を生むことができたのか。ある時、そのなぞが解けた。当時使用されたメソッドが「グワン式」だとわかったのである。
(中略)
フランソワ・グワンは1831年に生まれ、96年に没している。日本でグワン・メソッドが使われたのは1899年(明治32年)から1912年(大正元年)までの13年間であった。不完全な翻訳書しかなかったため、半可通の学者が「グアン式は愚案式なり」(高橋五郎、1903)となじったことが象徴するように、中央では軽視され、台湾で日本語教育に従事した人々によって支持され続けた。その成果は、歴史が証明するところである。
船頭多くして何とやらではないですが、昔から日本人は、なぜか個人個人が「外国語学習法ならコレだ!」というこだわりを持つ人種だったのかもしれません。その思いが強すぎて、ある学習法が画期的だと持てはやされても、数年後には全否定される……そんなまとまりの無さというか、1つの方法を突き詰められない点も問題の一因であるように感じられます。(ちなみにこのグワン式を採用している現代の英語本の1つが、アルクの『起きてから寝るまで』シリーズとのこと。)
ということで、個人的には『英文解釈教室』が(自分にとっては)ベストだと信じているのですが(ちなみに『英文解釈教室』の解説と、著者の伊藤和夫先生のエピソードもちゃんと本書に収められています)、『英語ベストセラー本の研究』を読んで自分に合った参考書/学習法を探すというのがまさしくベストなアプローチかもしれないと感じました。巻末には「英語学習の途中で道を見失い、自分に合った道を探している人のための、簡単な自己診断のチャート」なんていうものも用意されているので、ある学習法/スクールに何千円・何万円も投資する前に一度試してみてはいかがでしょうか。もちろんこの本自身も優れた英語学習法指南書になっているので、本書で解説されている方法を実践するだけでも身につくものは多いように感じましたよ。
最後にもう1つだけ引用。本書で一番好きな部分が、巻末にある以下の言葉です:
英語本の執筆者にとって、「英語教育批判」ほど楽なテーマはない。「あれだけ勉強しても英語ができない」という結論だけは保証されているからだ。しかし、「英語教育批判」も今や立派に英語産業の一分野として確立している。彼らが批判する英語産業の蚊帳の中に彼らもいるのである。それとも、英語教育の失敗は政治家のせいであり、英語の専門家に責任はないと言うのだろうか。
私には、身ひとつで英語と格闘した先人たちの努力が輝いて見えるのである。
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