サイボウズの安田さんが、ブログでこんな記事を書いていらっしゃいました:
「Coming Soon!」 戦略と「Today!」 戦略(経営企画室 調査日報)
この中で、特に「Coming Soon!」戦略について考えることがあったので少し。
Coming Soon!戦略の長所/短所
まずComing Soon!戦略とは何ぞや?という点ですが、これは安田さんのブログで語られているように、「発売時期が先であるにも関わらず製品の発表/プロモーションを行い、購買意欲を高める戦略」と定義したいと思います。(似た戦略である「わざと品薄にすることで購買意欲を高める」という手法とは区別して考えてみます。)
このような戦略にどのような長所があるのでしょうか?まずその目的である
1. 「じらす」ことで購買意欲を高める
という点があると思います。また他の効果としては、
2. 類似製品の発売に先駆けて発表することで、「一番乗り」感を出せる
3. 「発売されたらこの製品を買おう」と思わせることで、「財布の中の予算」を確保させる
などといった事が考えられるのではないでしょうか。次に短所としては、まず安田さんのおっしゃるように
1. じらされ過ぎて逆に怒りを招いてしまう
という事態が考えられるでしょう。他にも
2. 発売まで興味を持続させなければならないので、余計なプロモーション費用がかかる
3. 期待を煽り過ぎ、実物が手元に届いたときに失望を招いてしまう
なども考えられます。また、実需要ではなく「期待」というあいまいなものを扱うので、成功させるのが非常に難しい戦略である点も短所と言えるでしょう。さらに、安田さんが文中で引用されていた記事「iPodの 「 today ! 」 戦略にみる、購買意欲のピーク到達過程の変遷」の内容が正しいとすれば、消費者の購買意欲がピークに達する時期は以前より早くなっています。「Coming Soon!」の期間をどの程度の長さにするか決めることは、ますます難しくなっているなっているのではないでしょうか。
Coming Soon!戦略の成否を決めるのは?
しかし「消費者の期待を煽る」というプロモーション手法は、多くの企業で活用されています。例えばサントリーの緑茶「伊右衛門」は、初期の品不足によりいったん発売を中止したことが、逆に期待感を煽ったとも言われます。これは意図せず「Coming Soon!」戦略となった例ですが、始めから狙った上で成功した事例も探すことができるでしょう。Coming Soon!戦略の成否を決めるものは、いったい何なのでしょうか?
僕は安田さんのブログの前文にある、この部分がヒントになるのではないかと思います:
製品を顧客の手元に届けるまでのマーケティング戦略も、製品やサービスの「使用感」の一部として重要な役割を果たすと思い、今日は両者の戦略の比較をテーマに取り上げます。
「使用感」、つまり「経験」です。先日「経験」の重要性について記事を書きましたが(関連記事:クリスマスライブに思う。)、ユーザーがある製品でどのような経験をするかを考えないと、成功するプロモーションを考えることは非常に難しいでしょう。「期待を煽る=購買意欲を高める」部分だけでなく、「高まった意欲に答える」という部分も含めて一連の経験と捉えないと、逆にユーザーの怒りを招く結果に終わることになると思います。
それでは、「買いたいものを手に入れる」までの経験を好意的なものとするには、何が必要なのでしょうか。単純に考えれば、
- 待っている期間も楽しい経験に変える
- 発売後には、ユーザーの期待に沿うものが必ず手に入る体制を整える
- 「待っていて良かった」メリットを明示する
といった点が実現できれば良いことになります。それが分かれば苦労しない・・・と言われそうですが、「経験」という視点からプロモーションを考えることで、様々な施策が発案できると思います。例えば少し視点は変わりますが、FedExの荷物トラッキングシステムや、Dellの発注PCトラッキングシステムなどは、「待っている期間を楽しいものに変える」仕組みの1つとして挙げられるでしょう。またスペックの8割程度を公開しておいて、発売と同時に「隠し玉(あるいはオマケ)」を公開することによって、ユーザーの期待を必ず上回るようにする、といった戦術も考えられるかもしれません。
ソフトウェア/WEBアプリケーションと「Coming Soon!」戦略
最後に分野を限定して、ソフトウェア/WEBアプリケーションにおける「Coming Soon!」戦略を考えてみたいと思います。ちょっとずれるかもしれませんが、Coming Soon!戦略の一種(?)である「Closed Beta」戦略、つまりベータテストを限られたユーザーだけに開放する戦略を考えてみましょう。
この戦略は参加できなかった人々の期待を煽ることに加え、参加者のロイヤリティを上げる(「選ばれた人々」というステータスを感じさせる)利点があると言われます。Web 2.0企業にこの戦略を採用する企業が多いように思うのですが、ほとんどの企業では「参加できなかった人々」がほったらかしになっています。僕は数多くのClosed Betaに応募しているのですが、落選したとしても「ちょっと待っててね」という1通のメールが送られてくる程度。ようやく「あなたも参加できるようになりました!」というメールが送られてきたときには、そのサービスに対する関心が失せていた、ということがよくあります。
さらにClosed Beta戦略の大失敗例とも言えるのが、Flockです。FlockはClosed Beta参加者が多くの好意的なレビューを書いたにもかかわらず、情報をあまりにも小出しにし過ぎてしまいました。その結果、一般ユーザーの期待が膨らみすぎてしまい、彼らに解放された際に「あれ?この程度だったの?」という反応を呼んでしまいました。
両者に共通するのは、「Coming Soon!」期間に一般ユーザーへの対応をおざなりにしていた点です。そのためにサービスを利用する意欲を失ったり、期待が膨らみすぎるという結果に終わっています。特にソフトウェア/WEBアプリケーションの分野では、多くのベンチャー企業が「ユーザー重視」という姿勢を打ち出していますから、ユーザーが「ないがしろにされた」と感じるリスクは高いのではないでしょうか。「Coming Soon!」期間に何らかの形でユーザーとコミュニケーションする(プロモーションではなく)ことは、この分野において必要不可欠なことでだと思います。
しかしソフトウェア/WEBアプリケーションの分野は、機能が真似されやすく、参入障壁も低いというやっかいな特性を持ちます。製品/サービスのリリース前にスペックや機能の詳細を公開することは、競合相手に塩を送るようなものです。従ってソフトウェア/WEBアプリケーションの分野では、Coming Soon!戦略を取ることは非常に難しいのではないでしょうか。また安田さんのおっしゃる通り、この分野のユーザーは情報収集能力が高いはずですから、「Coming Soon!」で期待を引き止めておける期間は特に短いと思います。この点からも、じらしやあおりといった戦略を取ることには慎重になるべきでしょう。
こうしてみると、ソフトウェア/WEBアプリケーションではToday!戦略を取った方が有益であるように感じます。その好例がGoogleではないでしょうか。Googleは(Google Calendarのような推測を除き)ほとんどの場合、発表と同時にサービスが使用可能になります。その発表の仕方も、僕の知りうる限り非常に静かなものです。大々的なプレスリリースを行った、という例は少ないのではないでしょうか。ユーザーの期待を煽るのではなく、逆に思いもよらぬ形でユーザーを驚かせる。僕はこの戦略の方が、ソフトウェア/WEBアプリケーションにおいては有効だと思います。
最近のコメント