独身生活を謳歌する一人の男。彼は自由気ままな暮らしを送っていたが、ある日ひょんなことから犬を預かることに。その犬はどうしても男の言うことをきかず、彼の生活は大混乱に陥ってしまう。犬を返す日を今か今かと待ち望む男だったが、本当にその日がやってくると、急に犬のことが大事に感じてしまう。そして……
などという話がハリウッドで映画化されていそうですが(主演はトム・ハンクスあたりで)、これが典型的な「情が移る」というパターンですよね。ありきたりな話ではあるのですが、このメカニズムが普遍的なものであることを、先日もご紹介した本"Predictably Irrational"が解説しています。
同書ではこんな実験が行われています:
- デューク大学で毎年バスケットボールの試合が行われているのだが、スタジアムが小さいため、観戦チケットはいつも抽選で販売される。
- 幸運にもチケットを手にした人に電話をかけ、「いくらならチケットを売るか?」と聞く。
- 一方、不幸にも抽選にもれてしまった人に電話をかけ、「いくらならチケットを買うか?」と聞く。
- さて、両者の金額の平均値は一致するだろうか?異なるとしたら、どちらの側が高い値段をつけるか?
という内容なのですが、果たしてどうなったと思われたでしょうか。チケットを手にするか否かは完全な抽選で行われるのですから、理論的に考えれば、彼らの判断に差が出るはずはありません。同じだけの待ち時間を費やし、同じだけの予算を用意していたはずです(実際にチケット代を払ったか否か、という差はありますが)。チケットが欲しいという気持ち、さらにそのチケットから得られるもの(試合の観戦という経験)も一緒でしょう。ところが結果は――売値の平均は2,400ドル、買値の平均は175ドルということで、両者の間には大きな差が生じることとなりました。
この結果を、著者の Dan Ariely さんは「一度所有してしまうと、合理的な判断ができなくなるため」と解説しています。まさしく日本語で言う「情が移る」という状態で、一度手にしたものに特別な魅力を感じてしまったり、手にしたものを失うことを不快に感じてしまうわけですね。これは実体のあるモノに限らず、人との関係(非道い男なのに別れられない……)や行動(明らかに破綻しているプロジェクトなのにズルズル続いている……)など、様々な場合に見られる心理状態のようです。対象が何であれ、安易に「手にしてしまう」ことは、合理的な判断を不可能にしかねないものであると。
という話を読んで身につまされてしまったのですが、このメカニズムを利用して、誰かに何かを受け入れさせるということができるかもしれませんね。犬を飼いたいけど家族が反対している時に、「1週間だけ」という約束で友達の犬を預かることを了承してもらったり。好意を持っている女性に「1週間だけ毎日メール交換して!」と頼み込んだり……ってそれはさすがに無理ですが、いまでも様々なモノ/サービスに「お試し期間」という売り方があることが、この戦術の有効性を示しているのではないでしょうか。逆に何かを買うかどうか「お試し期間」を経験してから判断しよう、と考えている方は、お試しした後では正常な判断ができない危険性があることにご注意を。
【参考記事】
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